坂本の用意した夕食は、簡単なものだったがそれなりに旨かった。
昨日の深酒にも懲りずにもう既に500mlの缶ビールを3本開けて上機嫌である。
そして台所の隅に寄せられたもう一食分の食事。丁寧にラップが掛けられている。
(河上殿の分…か…)
視線を察知したかの様に坂本がしゃべり出す。
「いんやぁ出来立てを食べてもらえるって言うのはええのぅ~わしも酒がすすむすすむ!」
「御主は独り酒でも進むだろう」
「まぁまぁ…わしは居候の身分じゃき。これぐらいせんと追い出されてしまうからの。あとはストレスの発散に付き合うてるつもりがわし自身がストレスになっているようでな、あはははははーあはははははー」
急にまともな答えが返って来て戸惑う。
返答に困る自分をよそに
坂本は4本めのビール片手に食器を片付けふらりとソファに移動する。
適当にスイッチを入れたテレビに映し出される音楽番組。
この世界の音楽番組は…ちょっと興味がある。
台所のテーブルに腰掛けていてもその距離から十分眺める事の出来る大きなテレビに映し出される
きらきらとした世界。
ぼんやり眺めて数十分が過ぎようとしている。
急にソファの向こう側から
「おーい、アテテテテ…」
と声がかけられた。
「ちょ、万斉クーン!助けっとおおせぇっ足が!足がつってしまって立ち上がれないぜよぉ」
ソファの背もたれに頭を預け天井に顔を向けたまま坂本がじたばたとしている。
昨日の様にそのままそこで寝てしまえば静かなのに、と思ったが
居候といえど今はまぎれもなくこの家の主なので大人しくソファ側にいった。
「あー、すまんすまん、こむら返りぜよぉ…足のつま先なんじゃが、イデデ!イデデデ!」
手すりを探す様な動きに、手を貸そうと差し伸べたその腕をものすごい負荷がかかった。
その負荷に瞬時に耐えようと余計な力が入った足下をすくわれてバランスを失った。
あっという間に視界がひっくり返り立っていたはずの自分の背にソファの腰掛け部分があった。
腹部が重い。もさもさ頭が腰のまわりにまとわりついていた。
「なんの真似だ」
「さて、なんでじゃろうな。さっきわしがおんしの世界の坂本との関係を尋ねた時に、おんしはわしと河上の関係を聞き返さなかった」
「それが、どうした。それは昨日居候だと聞いた故…」
「ふーん、それで納得するような素直な男なんじゃな万斉君は。もっとも空気を読んで踏み込むべき所を踏み込まなかったか」
(こやつ、カマをかけたでござるな)
「離っせっっ…!」
「それにのぅ、河上君とどこまで『一緒』なのか確かめたくなったぜよ!こんなおいしいことはなかろう!
あんなところも、こんーなところも「一緒」なのか確かめたいのう!恨むならわしの好奇心を恨んでつかぁさい!」
「御主の好奇心の餌食など…!冗談じゃない、離っせっ!」
うまく体を捻らすがソファが柔らかく沈み込むばかりでまったく抵抗にならない。
じたばたともがき続けているうちに両手を封じられた。
馬鹿力はあの坂本と同じだけある。
「よせっ…」
「離さんっぜ…よ…ははっ『河上君』の方はめったな抵抗はしないぜよ。新鮮じゃぁ」
わずかに自由だった片足で胴体のどこでもいいから蹴ろうとしたが未遂におわった。
「…ここまで本気で抵抗されると…興奮するぜよ…」
先ほどのふざけた口調は消え低い小さな声で耳元で囁かれた。
ゾクゾクと首筋から背にかけて鳥肌が立ったのがわかる。
節々に力を込めていると呆れた様に一息つき、
坂本が付けていたベルトを外し始め、そのベルトで手首を纏めて締め上げられた。
「もっと…抵抗していいぜよ…ほんに、血が騒ぐ」
のしかかられた重さとは反対に軽やかに坂本の手のひらが動く。
何度か縛られた状態の両腕で坂本の頭部をなぐったがまったく動きを止める気配がない。
そうこうしているうちに手は胸元に滑り込み小さな突起を探り当てた。
何度か往復したあと素肌から手を引き抜き布地の上から確認した部分を執拗になぞる。
その表情は憎たらしい位に楽しそうにどす黒い表情を浮かべている。
顎に手を伸ばされぐっと持ち上げられると同時に口をつけられた。
ビールの味の残る苦い舌で唇の裏と前歯の間をなぞられた時、はっ、と息が漏れた。
顎を掴んでいた手の力が抜け首筋に降りてくる。
長い口づけに喉を下した時、その動きを確かめる様に
指先がのど仏をなぞり鎖骨のくぼみに到着する。
(あぁ、坂本殿の動きと似ているようで微妙に差異がある)
酸欠になった脳でもう理性が吹き飛ぶ寸でのところで考える。
(坂本殿だったら首を軽く絞めるだろう)
相手の興奮が否応無しに注ぎ込まれて自分の熱も上昇している。
坂本はそのまま、顔を上げ、部屋の時計にちらりと目を移し
ゆっくりと信じられない言葉を発した。
「あぁ、もしかしたら…そろそろ…河上君がご帰還かもしれん…こげなことしとったら…わし殺されるかな…」
「……!!」
そんな台詞を発しながらもての動きはどんどんエスカレートする。
「やっ、いい加減にするでござる、おぬしに河上殿に悪いという罪悪感はないのか」
「ははっしかし『河上万斉』君ということにかわりゃぁせんわけだから罪悪感がこれっぽっちも起きんのう。わしが好奇心旺盛なのも知っておる。もう諦めておるじゃろう…それより河上君が万斉君に興味もったら…わしゃぁどうしようかの…」
ガチャガチャ
一瞬にして部屋の空気が止まった