I will be b(L)ack

 


 

 

おぼろろろろろろろ


河上は交渉役として商談に向かわせられた。

快援隊の船上で行われた商談兼食事会で現れた坂本辰馬に盛大に嘔吐された。




取引き商談の行われた船の宴会場でそこそこ和やかに話が進んでいたのだが

商談のメインである「頭」と呼ばれる坂本が現れ、

商談に加わった時から場の雰囲気は怪しくなっていった。

入ってきた時から既に酒臭くいつものからまわりのテンションに拍車をかけるように落ち着きが無い。

 

ただ重大な交渉はほぼ済んでいたので紙面に坂本のサインさえもらえば済む話だ。

根回しは済んでいる。酒が入っていようがサイン位はできるだろう。 


坂本は酒瓶片手に酒を注ぎまわり、河上の存在に気がついて大きな声を発しながら近づいて来た。


「おぉぉ!!ばんざいくーん!!!元気にしてたかぇ!!!はるばるわしの船まで来てもろうて!悪かったのぅあははははははうっ

 

という具合に着用していたコートが吐しゃ物まみれになった。

 


最悪でござる。

 


 

側近である陸奥という女性は顔色一つかえずに事務的な謝罪をし宴会場から客間に連れ出してくれた。

 

「頭の粗相、お詫び申し上げる。今回の交渉内容、わしらの方でもう少し勉強できるところがあれば数字に誠意を示すのでどうかお許し願いたい」

 

などと再度丁寧に言われてしまっては万斉も大人げない態度を出すわけにもいかない。

 

「ここには着替えとシャワーがあるので今夜はこちらの部屋でゆっくりしてくだされ。その間にコートは洗っておくのでお預かりさせていただく」

 

「そこまでゆっくりするつもりはないでござる。…しかし商船にこのような部屋とはずいぶんと用意周到でござるな」

 

「頭はよく粗相をやらかすのでな、おんしのような被害者が何度もこの部屋を利用しちょる。あと今大気圏の状態が不安定でおんしを向かえに上がる船は立ち往生してると連絡があったぞ」

 

 

「粗相については本当に、心よりお詫び申し上げる。さ、コート、お預かりする。」

 

ずいっと無愛想に手を突き出された流れで

その場でコートを脱ぎ手渡した。上半身裸のままで受け渡す姿はなんとも滑稽だろう。

だがまったく顔色を変えないでコートを受け取る陸奥の様子によほど上司に苦労しているのだな

とやや哀れにも思う。

 

「ごゆっくり」

 

とドアが閉められ通路の喧騒から少し遮断された。

 あの忌々しいもじゃもじゃ頭を思い出さない様に

すこしため息混じりに息を付く。

着替えがあるといったが…と部屋を見渡すと綺麗に畳まれた浴衣が目に留まったので

糊の効いたそれに袖を通す。

浴衣を羽織っただけの状態で少し上半身と襟を整えて

さてボトムを脱ごうとベルトに手をかける。

かちゃかちゃと金具のこすれる音が響いたその時

先ほど閉まったばかりの襖がスパーーーン!!!と開いた。


「ばんざいくーん!!!!すまぬ!すまぬことをしたぁああ!!!許しとうせ!!」


謝罪の叫びとともになだれ込んで来た天パの男にがっしりと抱きつかれる


「わしのせいで!わしのせいで!ばんざい君の大事なコートを汚してしもうて…」


抱きつかれたついでに耳元で喚かれる。

うるさくてたまらない。


「坂本殿、本気で謝罪する気があるならばまず拙者から離れるでござる。

それと拙者はば、ん、、いではない。ば、ん、、いでござる。」


イライラはピークに達していたが極力冷静を保って巻き付いた腕をはずす。

この男、まだ酒臭い。

しかしなかなか簡単に腕は離れず肩を掴まれたままその場にへたへたと座り込む。


(着替えぐらいゆっくりさせて欲しいものだ)


帯もまだ締めていない浴衣も気になるし、中途半端に外したベルトも気持ちが悪い。


「万斉君、ほんに、ほんに!申し訳ない。このお詫びは必ずするきに…」

「わかったでござる。陸奥殿にコートも預けたし坂本殿はもう気にせずとも…」

 

坂本の表情が何かを思いついた様にパッと明るくなった。

 

「あっ!そうじゃぁ弁償する!弁償するきに万斉君のコート!」

「そこまでしなくとも結構でござる…あれは既製品ではない故…」

「まっことかぇ!!ならばオーダーメイドじゃぁ!わしの知り合いのテーラーに腕のいい奴がおっての。そいつに作らせたらすんばらしい出来映えぜよ…そうじゃ!そうじゃ!万斉君のコートオーダーするぜよ!サイズは?万斉君サイズ教えとーせ!」


この男は遠慮しても善意を受け取るまで投げつけてきそうだ。

厄介な事になる前に適当にうなずいてしまう方が面倒くさくないはずだ。

適当に身長を伝えたが渋い顔をしている。細かい数字は後日お伝えする、といっても不満そうだ。

うーん、と唸る様なフリをしたかと思うとすぐに眉間の皺が消えた。


「そうじゃぁ!わしが採寸するき!そうじゃぁそれが一番じゃあ!あははははー!さぁ万斉君立って立って!」


ぎょっとした。何て事を言い出す。

まさかメジャーまで持って来ているのか。

 

怪訝そうな顔をしていると立ち上がるように促された。

両腕を広げ肩の高さまで水平に持ち上げられる。

浴衣を羽織ったままなので和服用衣紋掛けのような情けない格好になった。

 

左腕の手首を掴んだかと思うと坂本は人差し指と親指をめいいっぱい広げたLの字を作り、

腕の上を尺取り虫のような動きをしながら「ひい、ふう、み、」と数えている。


(なんと…いいかげんな…手尺で出来上がる衣服など…先が思いやられるでござる…)


呆れて右腕だけ下ろす。


「わしのここ長さはの、ちょうどきっかり20cmなんじゃ…うーん万斉君、採寸するのにこれはちくっと邪魔じゃぁのう」


指をL字にしたまま浴衣の襟元に差し込んですーっと首の後ろまで動かすと

下ろしていた右肩のほうの浴衣が肩からずるりと下がり落ち、左腕だけにひっかかっている。

素肌がむき出しになった右腕を再び水平になるように持ち上げられる。

そしてその腕を採寸と称して指が這う。


「腕ってのぅ…人間の癖が筋肉に出やすいんじゃと。万斉君は右利きじゃから右の腕が太いし左と長さも微妙に違う。

刀扱う人間というのもすーぐわかる腕ぜよ。肘から下がよぅく発達しちょる…」


手首から体の中心へ向かって素肌の上を虫が這う様な感覚に、耳の裏から首筋にかけてぞわり、と鳥肌が立った。

それを知ってか知らずかふと低い声で耳打ちされる。


「腕が終わったら…胸囲も測らねばのぅ…」


「…っつ… 」


肩まで到着した指はそこで止まらずにそのまま鎖骨の上を這って喉の根元で止まった。

喉仏をたどり顎の下に到着。

手はL字型のまま人差し指だけで顎を下からぐっと持ち上げられた。


ほぼ背丈はかわらないが見下ろされ値踏みする様な視線を受けサングラス越しに睨み返す。


「万斉君…」

 

「なんでござるか…」

 

「わし…勃ってもうてん…」

 

「…!!…」


顎の下に置かれた手をはたいた。はずだったが咄嗟に捕まえられる。


「冗談は頭だけにするでござるっ!そもそも御主の粗相のせいで厄介な事になったでござる、これ以上のやっかいごとはごめんこうむる!」


「あははははっ!そんな怒らんでもぅ…したっけ万斉君ええ体しちょるからのぅ

そんな格好で目の前に立ちはだかられたら違う物が立ち上がってしもうてのぅあはははは!」


(確信犯か!!!)


掴まれた手の力を利用して捻り上げる。


「アテテテテテテテ!!!!!!痛いっ!痛いぜよぉ!」


「…セッ」


ダーーン!!


そのまま足をかけて坂本をひっくり返した。

畳の上に大の字にひっくり返った坂本を確認してベルトを閉めながら部屋を後にした。

結局上半身は何も纏わずに。




廊下をずんずんと突き進んでいたら幸いすぐに陸奥と遭遇した。

さすがに未だに上半身裸な状態で廊下に現れた河上を怪訝そうな表情で見つめる。


「河上殿…何か不都合なことでも…」

「陸奥殿、あまりに不都合すぎるので拙者のコートご返却願いたい。洗濯なぞかまわないでござる」

「それは申し訳ない。今ちょうどクリーニング屋の船がの集荷が来たので出してしまったぜよ…

スピード仕上げにしたので今日中には…出来上がり次第おんしの船に宅配いたす」

「なんだと…」

「申し訳ない。特殊な素材だったので…素人が洗濯するのも気が引けてのぅ…」

「…陸奥殿、今、船が来て、と申したな。動き始めたでござるか?!」

「おう、そうじゃった。運転を再開した、と連絡があったぜよ。河上殿お急ぎでしたら早急に迎えを…」

「今すぐにお願いする。あ、それと洋装でも和装でも構わないので着物を貸して頂きたい」

「では、今クリーニングから受け取ったばかりのこれを…」


と差し出されたのは坂本の愛用している真っ赤なコートだった。


「…」

「背格好も近いし、とりあえず洗ったばかりなのでこの船の中で一番清潔な上着ぜよ。ビョーキとか心配せずとも…」

「疑いがあるのか!!」

「まぁまぁ…とりあえずこの船から一刻も早く立ち去りたいのならこちらを。男といえどその格好で他の船に乗る訳にもいかんじゃろう」



選択肢はない。

預けていた三味線が手元に戻される頃には

着慣れない、真っ赤なコートを羽織った己が窓ガラスに映っていた。






最悪でござる。













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