Swoon

 

 

 

 

 

 

ガクンと落ちた気がした。

 

眠りの淵に落ちる寸前に体が落ちる様なその感覚に近い。

普段だったらそのまま眠ってしまう所、今日は目が覚めた。

 

うっすらを目を開けてみると両脇を建物に挟まれた暗く狭い路地にいた。

(おかしい…拙者は鬼兵隊の船にいたはず…)

と思ったその時、目の前の黒い扉が開き賑やかな光が漏れて着た瞬間に

ドサッという音と共になにか大きな影が投げられ自分の傍らに落下した。

その影は「うぅぅ…」と呻きゆっくり動く。人間か。

 

逆光の中に仁王立ちの影がこちらに向かって罵声を浴びせた。

 

「いつまでもツケで済むと思うなよっ!この貧乏学生がっ!」

「あててて…そりゃないぜよぉ…もうすぐわしの財布が迎えばくると何度もいうたろー…」

 

何だか聞き覚えのある口調である。しかし懐かしさなどはなくこみ上げてくる忌々しさ。

漏れていた光が閉ざされ再び暗い路地に戻ったが目も慣れて来た。

ぞんざいな扱いをうけた影がむくりと起き上がり自分の存在に気がつく。

見覚えのあるもさもさした髪型、丸いサングラス…独特の訛り…

ただ違うのはその服装だ。赤いコートも下駄も履かず、

Tシャツにシャツを羽織り足下はブーツ…なんだか少し若い気がする

 

「あれ?河上君?なんでこげなとこおるん?迎えに来てくれたならそうと正面からはいってくればいいろう、こんな裏口ばで待ち伏せしよってぇ…んー照れ屋さん」

 

酒臭い顔面を近づけられ抱きつかれそうになる。

咄嗟によける。もはや自分がなぜここにいるのかはどうでも良い。

この酔っぱらい、タチが悪い。

 

「それ以上こちらに近づくと叩き斬るでござる」

「ござる…?」

 

一瞬ぽかーんとした顔をして髪の毛をもさもさ掻いた。

 

「河上君…おんしは…侍にでもなったんかいの?このご時世『ござる』なはいぜよ、ござるは」

「何を申す、拙者はいつもこの口調にて…」

「ほぉ…よく見るとちくっといつもの服装と違うのぅ…背中に背負ってるのは…ギターではないろ?なんじゃぁ河上君、今日は仮装パーティーだったんかぇ…わしも連れてって欲しかったぜよ…仕事だとおんしがいうから鵜呑みにしたわしが愚かだった…」

「いつもにも増してなにを申しているのかわからん!坂本殿、ふざけるのも大概に…」

「さっさっ「坂本殿」じゃとぉおお!?なんじゃそれ!妙に興奮するぜよぉおお!!!新たなプレイかぇ?言葉攻めかぇええ?」

 

酒臭い鼻息をさらに荒くさせて胸ぐらをつかまれ押し倒された。

その時もじゃもじゃ頭の背後に人影がいるのに気がついた。

つかつかと近寄ってきて手に持った紙袋の様な物でスパーンとモサモサ頭をはたいた。

 

「イデデッ」

「こんな所でなにを発情している、坂本。財布忘れたと言うので来てみればこんな路地裏で相変わらずどこの馬の骨ともわからぬ輩に発情して…」

「御主何を申すか、こちらはその発情犬の被害者でござる。こちらが誘ったような物言い、気に食わぬ」

「これはとんだ失礼を……『ござる』???」

 

のしかかった男を退けてゆっくりと体をおこして慇懃無礼な口調の影を凝視する。

 

驚いた。

 

全く自分と同じ顔をした男がそこに立っている。

 

相手もようやくこちらの顔を確認したのか同じ様な驚きの表情を見せた。

 

違いと言えば服装だ。全体的に黒いが己と同じコートでもなく、また和装でもない。

先ほどの坂本と同じような種類の服装をしている。

左の手首に撒かれた金属のバングルが、妙に暗い路地に目立つ。

 

払いのけられた男が背後を振り返り驚いた勢いでこちらも見る。

ただ我々と違ったのは思った事をすぐ叫ぶ、という点だった。

 

「こりゃぁあああたまげたぜよぉぉぉおお河上君が二人おるぅぅう!っううえオボロロロロロロ」

 

叫んだ瞬間嘔吐した男はコートの裾に吐瀉物をなすりつけた。

 

 

 

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通されたマンションの一室はなかなか小綺麗に片付けられていて、リビングに荷物もすくなく殺風景だった。

申し訳ない、と同じ顔に言われシャワーに通され、コートはクリーニングに出すのでと説明された。

 

ソファでは自分の粗相も覚えてるかわからぬ間抜け面の男がいびきをかいている。

サングラスがずり落ちそうだ。

しかし…あの忌々しい坂本辰馬と瓜二つである。

違う所といえば…そうだ名前を間違えずに叫んだ事だろう。

もしかすると自分の知る坂本よりスペックはマシなのかもしれない。

そもそも坂本と勝手に決めつけているが違うかもしれない。いや、

実際坂本という呼びかけに反応したので彼は坂本なんだろう。

双子の兄弟だろうか…

 

双子といえば自分だってそうだ。全く同じ顔をした人物が目の前にいる。

ただ感じるのは、これは血のつながりも何も同じ顔をしているだけで全くの他人という確信もしている。

認めたくないだけかもしれぬが。俗にいうドッペルゲンガーか。

もしかするとサングラスの下は全く違う瞳かもしれないと思いシャワーから戻ってみたら

そこにはサングラスを外しただけの同じ顔があった。

むこうも同じ事を考えたのかはぁと一息をつき椅子に腰掛ける様促した。

 

「名乗り遅れましたが私は河上万斉という。…あんたは…まさか名前も同じ?」

「こちらも申し遅れた。拙者もぬしと同じ名前でござる。」

「で、あんたに粗相したあそこで寝てる人間は…」

「坂本…辰馬殿?」

「え、坂本も知っている?」

「もちろん拙者の知っている坂本辰馬とは少し違うけれど限りなく同一人物でござる」

「坂本は教員志望の大学生、まぁ紆余曲折いろいろあってなぜか今私の自宅に居候中だ」

「御主の職業は?」

「音楽関係。あんたは?なんか三味線持ってたでしょ」

「拙者も音楽と…あ、いや、音楽関係だ。河上殿、一つ尋ねたいのだが…」

 

(人斬りとは言えない。)

 

眠りこけている坂本がこの自分と瓜二つの男を名字で読んでいたのでなんとなく読んでみた。

 

「どうぞ」

「飛行艇の港は…」

「飛行艇?空飛ぶ船?そんな物は存在しない。空を飛ぶのは飛行機だけだ、面白いな万斉さん」

 

相手は逆に自分のことを名前で呼んだ。

空を飛ぶ船が存在しない世界…どうやら異次元空間とでも言うのだろうか。

そういうことで頭を納得させないと、

自分と同じ顔を面と向かって話していると頭が痛くなってくる。

小さく息を付いて、額に手を当てた。

ちょっと気の毒そうな顔をされ、寝室を使えと部屋に通された。

私は作業部屋があるのでという言葉にもう遠慮をするという思考回路も追いつかず

礼を言って素直に寝室を借りた。ベットに倒れ込むと同時に意識を失った。

 

 

 

 

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まるで自分自身を追いやるかの様に寝室に万斉を見送り、河上はリビングに戻って来た。

電気を消して消音にしてテレビをつける。

深夜の国営放送は異国の城や川ばかり流すが

その無機質感が疲れた神経には心地よい。

 

ソファで眠りこけている居候の坂本はトラブルばかり担ぎ込む。

学生特有の冒険心や奔放さ無責任さにたまにイラッとくることもあるが

結局なぜか相手に勝てない自分がいる。

何か事が起きると冷静でいよう、そう言う態度をとってはみるが

動揺しているのは自分でわかる。

ここで眠っている間抜け面の男は…素直に驚き堂々としている。

そういう些細な差が自分を苛つかせる。

寝ている傍らに座りこんでしばし眺めていた。

 

「ん…ぁふぁー!良く寝たぜよ…ってアレッ?河上君?」

「なんだ?」

「おんしは…いつもの河上君じゃよな!」

 

やや起き上がって瞳を覗く。

 

「先ほどの人物は就寝してもらった。ちなみに名前も同姓同名だったので万斉と呼ばせてもらうことにした」

「ほぉ…名前まで同じ…っはっ…っっておんし何をしゆう!?」

「何って…フェラチオをしている。良くないのか不能め」

 

にやりとした口元と先端が唾液の糸で繋がっている。

カッと欲が集中した。

その様子に再び口に含み丹念に舐る。意識が覚醒したのか肥大するのも早い。

 

「イライラしている。居候してるぐらいなんだから部屋代ぐらい満足させろ。抱け坂本」

「ぅっ…はぁっ…そっちの支払いじゃったら喜んで「払う」ぜよ。」

「ふん、泥酔して使い物にならないかもしれぬな」

「寝室の万斉君?だっけか?が起きぬようせいぜい声殺しとーせっ」

 

 

 

 

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布団もかけず倒れ込んだままの状態でうつ伏せで熟睡していた。

頭を起すと目の前にデジタルの時計が時刻を点滅させている。

枕元に時計を置く癖まで、あの「河上」と同じだと思い

それが偶然でもなぜか嫌な気持ちがこみ上げる。

うつ伏せのまま背後のドアの方に目をやると丁寧に三味線が立てかけてあった。

起き上がって三味線の柄を確かめると

仕込み刀も何事もなかったように所定の場所に納まっていた。

 

 

 

深夜なのはわかる。

裸足の足をそっと床につき冷たさがじんわりと伝わってくる。

ドアを開けリビングへ出ようとした時に自分の足音とは違うギシリ…とした音が聞こえた。

開けようとした手をドアノブから外しかわりに耳を当てる。

ギシリ…ギシリ…とやや規則的に響くその音。

音が鳴らない様にゆっくりゆっくりそっとドアノブを捻る。

そして力を込めたままほんの数ミリ、ドアを開く。

無音のままふわっと開いてくれたドアの隙間からリビング側を覗き見た。

 

付けっぱなしの液晶テレビのに向かい合わせてあるソファに動く人影。

ぎしりという音と共にテレビの逆光に浮かびあがる上半身。

裸体である。

が、ソファの背もたれに掴まって耐える様に力を込めている手首に

銀色のバングルははめられたままだった。

 

ひどくいやらしい格好をした自分自身と同じ姿形のをした人物がそこに存在する。

まるで幽体離脱したような気分だ。

 

規則的な動きに揺られながら上気した表情の目線の先には、

肘掛け部分を枕にしてニヤニヤとした表情を浮かべる坂本がいた。

 

下から突き上げられる様な律動に恍惚とした表情を浮かべる自分自身

ますます力を込められる手首。律動に合わせて揺れるバングル。

 

(やめろ、今すぐに、やめろ)

 

気分が悪くなった。少しの目眩。

自分も最中は、

あんなに惚けた顔をしているのだろうか。

 

きっとこれは悪い夢だ。もう一度起きた時には、

きっと…きっと…

 

 

再びベットの上に倒れ込んだまま、最悪な気分で気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

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(2011,2,15)

 

 

 

 

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