Honeymoon
旅先でもその音色を聞けたらええのぉ。
そう思ったのが事の発端。
陸奥に仕事をまかせほっつき歩いている時にふと思ったのだ。
どこかの温泉街で宿屋の窓から聞こえてくる三味線に
ふとあの長身の男の影が頭をよぎった。
はて、どうやって誘うか。ストレートに伝えたところで素直に着いてくる訳がない。
問い合わせると休暇と言って旅に出たとのこと。
これは好都合!わしが行けばいい。
小さな温泉街の一角にある老舗の旅館、そこに万斉は宿を取っていた。
静かな環境で次回作の作曲をする予定だ。
身支度は小さなicレコーダーと三味線。身軽なものだ。
旅館はは古いがしつらえがしっかりしていて歴史を感じさせる。
古い作りならではの離れに泊まり周囲を気にせず一日中三味線をならしていた。
部屋に程よく音が響く。ふむ、悪くない。
2日目の夕暮れ時、早めの入浴を済ませ夕刊を読みにロビーへ向かう廊下の先が何やら騒がしい。
柱の死角から覗いてみると見覚えのある忌々しい後ろ姿が…嫌な予感がする。
「お客様、あいにく本日は満室でごぜぇやして…」
「やき予約してなかったがはわるかったぁ、一部屋ぐらい用意してくれやぁせんか?金はあるぜよ」
「申し訳ごぜぇやせんが…」
「いや、実はな人を捜しよって、ここに知り合いが泊まっちゅうかもしれん…、実はな緊急の用事で…」
「宿泊客の個人情報はお教えする訳には…もしお知り合いであるならば直接ご連絡をとっていただきたく…
あっ!!これはこれは…お上がりですか?夕刊は部屋までお持ちいたしますのに…」
やりとりをしていた番頭が万斉に気づき声をかけてしまった。
支配人ともめていた人物が振り返る。その瞬間坂本の顔がぱぁっと晴れる
「おぉぉぉ!!ちょうどよかぁぁっ!番頭、わしの知り合いぜよ!」
「ええっ!本当でございますか、つんぽ様?」
「…」
「実はなぁ今夜の宿がなくって困っておってのぉ!そうだ、おんしと相部屋にしてもらえんかの?なぁ?河かっ…!!!」
(まずい!本名を言われる。今回はつんぽとして来ているのだ。ここで坂本殿に本名を絶叫されては困る!!)
坂本の無邪気な発言を遮るように声を張り上げた
「知り合いでござる。お困りのようなので拙者の部屋で相部屋でも構わぬ。文句無いでござるな番頭殿?」
「えぇ、まぁつんぽ様さえ差し支えなければ問題ごぜぇやせんが…」
というか早いか万斉は坂本の首根っこをひっつかみ自室へ猛スピードで駆け込んだ。
「ほぉ…わしを連れ込むらぁて…今日の万歳君は積極的じゃのぉ……ぶふぉっ!!」
枕を投げつけた。
「拙者、今回はつんぽとして宿泊している故、坂本殿に曖昧に本名に近い名前を連呼されたくなかっただけのこと。
拙者今夜はこの部屋に戻らぬでござる。坂本殿はゆっくりされるといい」
そう言うと持ち物を簡単にまとめ出て行こうとした。
と、その時浴衣の帯を後ろからおもいっきりぐっっと引っ張られる。
「っぅぐえっ」
下腹部を浴衣用の細帯びが締め付けられ思わず声が出た。
引っ張られても進もうとした力で前へつんのめる。
裸足のつまさきで畳をひっかいた。膝がガクンと折れ四つん這いになる。
「風呂上がりかぇ。まっこと色っぽいのぉ」
帯に力を加えながら背後から近づく声に、すばやく這った状態を立て直し仰向けになる。
畳の目で肘をざりざりと擦りむきながらも腕だけで後ずさりした。
しかし坂本は足にしっかり腕を巻き付けていた。ラグビーのタックルのように。
「おんしから部屋に誘い込きおいてほりゃあないろう」
そう言いながら両手の塞がっている坂本は浴衣の帯の結び目を器用に歯を使いながら解きはじめた。
抜け出そうと足を動かすたびに浴衣の前合わせがずるずると開く。
帯は徐々に緩んだが浴衣の腹辺りが坂本の唾液でじんわりと湿ってきた。
「拙者は…誘ってなどいない…」
万斉は薄暗くなっていく部屋の天井の木目を見つめつぶやいた。気が遠くなる。
田舎のあぜ道の中を進む2つの影がみえる。
下駄の音と三味線の音を響かせて。
おぬしと拙者か…狂っておる。
まるで古い映画の一幕のようだ。
もう抵抗するのも諦め腹の上のもじゃもじゃ頭がごそごそ動き始めるのをぼんやり眺めていた。
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万斉様にタックルしたかったのは私だけど坂本にしてもらいました。
坂本にとってはHoneymoon(ハネムーン)でも万斉にとっては逃避行(エスケイプ)。そんな二人が好きです。
古い映画の一幕は奇才鈴木清順監督の「ツィゴイネルワイゼン」の盲目の行商のイメージです。
不思議な映画。
ちなみに途中経過をちょこっと作成中。後日あげます。坂本は鼻が効くといい!!
2010,2,26
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