小雨が降る秋の午後。彼岸も過ぎようやく気温も下がってきた。
午前中駆け込みで画材を買っていく裏の美術大学の生徒たちが落ち着くと
後は大体夕方、付近にある美術予備校の生徒たちがやれ練り消しだ、画用紙が足りないだ
水張りテープだ、と細々したものを買っていく。
B3のケント紙が減っていたかもしれない。
奥で裁断でもするか…
とコーヒーを飲みながら画材のカタログを眺めながら店番をしていた全蔵は頭の中で考える。
しかし腰は椅子の上から動かず、まぁ…まだいいか…と再び雑誌に目をやる。
ドーナツ型のクッションはぺったんこである。
雑誌には海外製の重厚なイーゼルや額縁が載っていた。
あぁ消耗品だけでなくてさ、こういういいものも置いておきたいね、店せまいけど。
注文委託でもはじめようか。
週末になると学生じゃなくて趣味で絵画教室通ってるじーさんばーさんが来る。
奴ら道楽でやってるんだし金あるだろうからこういういいもの買わせるのにちょうどいいんじゃねぇか?
アトリエとか自宅に持ってるやつもいるだろうな…
これは商売になるかもしれない。
雑誌に載っている電話番号を確認して付箋を貼る。
受話器を持ち上げた時に店の扉が開いた。
ぬうっと扉の隙間に体をすべりこませてでかい図体が入店してくる。
なんか狭い店内がさらに狭くなった気分だ。
入店した男は自分より年上には見えるが購入する商品の種類が午前中に来る学生たちと全く同じだ。
そこの美学校の生徒かぁ…ふけてんなぁ…何浪してんだ…とぼんやり目で追っていると
いつもの棚の前でしゃがみ込む。濃い色の並ぶ油絵の具の列の前でじーっと色番号とにらめっこしている。
ウルトラマリン、カドミウムレッドを手に取るとレジにまっすぐ向かってくる。
あと何色かおまけのように絵具を選んでいるがなんというか適当な感じに見える。
来店の何度かに一度は筆洗い用のオイルを一本買っていく。
結構な重さになるが片手でひょいっと何気なく持ち上げて店を去っていく。
あの筋力から描かれる絵はどんなだろうと実は想像したことがある。
見た目通りのダイナミックな絵を描くか
筋力をいかいして意外と手が震えるような繊細な絵を描くか。
どちらにしろ濃い色ばかりの絵具のチョイスから
なにか気苦労のような雰囲気が漂う。人物は目の前にいるのに絵が見れないってぇのもつまんねぇな。
自然とこの人物に興味というものが沸いてきた。人物に対する興味か人物の絵に対する興味か。
プーーーーーという音からツーツーツーと途切れた通信音にがかすかに聞こえて来て
受話器をあげたままだったことに気が付いた。
カチャリと受話器を置いてレジキーを捻ってのスタンバイをする。
のっそりと絵具を手にレジ台に向かってくる。ゴトリとレジの台に乗せられた絵具はやはり濃い色合いばかりだった。
「合計2450円になります…ってこのウルトラマリンよく買っていくけど500mlのチューブ仕入しておこうか…?」
「え、あぁ…」
「この色の絵具くせーよな…独特の匂いというかさ…あ、でかいの量販店で買ってるなら無理には仕入れないけど」
「あ、じゃぁ…というか、バーミリオンが色がけしてるんだけども入荷は…」
「え、マジでか、すみませんねぇ…今日頼むから3日後には届くけど…取り置きしときやしょうか?」
「じゃぁ、お願いします」
「学祭向けの制作?間に合いそう?」
「あぁ…まぁ…オニーサンも絵描くんすか」
「ハハハ…むかしちょこっとね…予備校の講師とかしてましてね…」
「…まぁ機会があったらご意見聞きたいぐらいだわ…今スランプ…」
「あー…そういう時は寝るに限るね」
「そうも言っていられねぇ…」
「まぁまぁ…一日悩んでにらめっこしたままなのも、一日目ぇつぶって眠るのもそうかわらねぇと思いますよ」
「…」
50円のお釣りをぽんと渡してニヤリとした。
面白い観察対象が出来た。そんな気分だ。
この話し方の様子だとこの会話を機に来店しなくなるということは無いだろう。
商品取り置き表に記名をもらって引換券を渡す。
少なくとも3日後には来店する訳だ。
(今年は学祭冷やかしに行ってみるか…)
あご髭を撫でながら絵の具の注文書を手に取った。
end…
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この店番全蔵は阿伏兎に興味というより暇つぶし程度に思ってる位です。でももしかしたら、実際絵を前にしたら自分がどう思うかということに対して少し恐れがありそうな…損な雰囲気です。以前は描いていて今は描いていない。どんな気分になるか…そのへんもワクワクしてそうです(2011,9,26)
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