Ladder

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 


「定位置に長くいるのは性に合わない」

 

それは現役の頃の話だ。

警視庁の特殊部隊を経て自ら選んだ道はプロの掃除屋。

裏家業だった。


今はうまく身を引いた、というより転職だろうか。

つてを上手く利用しながら悠々自適に生活している。

 

かぶき町のど真ん中、より一歩引いた裏路地の雑居ビルに

表向きはダーツバーとして営業している小さな店を持った。

裏向きはというと情報屋だ。

お客と飲みながらそんな話を提供すると

飲み代意外にぽんと臨時収入が入るというものだ。

 

たまに昔の話を聞きつけた人間が「全蔵、また一山稼がないか」と仕事を持ってくることがあるが

自分は意外とこの生活が気にっているようで今はやんわりと断っている。

 



週末の店には適度に客が入り、どの時間帯も常に78人居る状態だった。

蒸し暑くなってくるとやはりビールがよく出る。

面倒くさいカクテルとか頼まれるより楽は楽だが

ジョッキはかさばるのであまり常備していない。

しかしほとんどの客が二件目に選ぶような店なので

あまりガバガバ飲む客はいないのだが。

 

しかし不景気な今、みな終電を気にして24時前には一旦客足が引く。

24時半過ぎこのへんの客が去ると今度はいつもの終電逃し組が来店し始める。

四時半に閉店して店の上の部屋にもどりシャワーを浴び、缶ビールを1本開けて

午前中の間はぐっすり眠るのが日課だ。 





ところで最近見慣れぬ客が一人。

夜半過ぎに手ぶらでふらりと一人であらわれて

適当にダーツをして12杯ウイスキーのロックを飲んで帰っていく。

イメージとして「黒」というぐらい全身黒ずくめの男だ。

しっかり身長があるうえに髪の毛を逆立てているのでさらに大きくみえる。

常にサングラスをかけ、無表情でうーん自分よりは若いだろう。

 

自分で言うのもなんだが、鼻は利く方だ。

毎日いろんな人間が出入りし、多少の怪しい人間なら山ほど見て来たが

この男はなにか曰くつきの人間の気がしてならない。

そのちょっとした警戒心は相手にも伝わるのだろうが

向こうもそこそこ来店する割に愛想がない。

 

 



 

6月の中頃の金曜日。夕方に久々に雨がやみ、濡れたアスファルトに弱く光がさした。

そんな様子を見ながら店を開ける準備をし、ビール樽の入れ替えをしていたときに

ふと振り返ると店の入り口に例の黒い男が立っていた。


 「あーわるいまだ開店前なんだが

 

と口にしたときに背中に背負った黒いハードケースが目についた。

(おいおいなんか物騒なもの持って来たんじゃねぇだろうな

まず疑ってかかるのは癖だ。 


「では…開店するまで屋上で待機させて欲しい。出入り口の鍵は開いているか」

 

「開いてるがあんた、このビルにはビリヤードできるところは無いはずなんだが

 

軽く独り言程度にでも聞こえるように嫌味を言った。

サングラスから目の動きはわからないが眉毛がピクっと上がった。

 

「ああ、これは三味線でござる。」

 

「うちは流しは頼んでねぇぜ」

 

「他の店でござる」

 

 

そう言って踵を返し薄暗い階段を上っていく。

 

(やれやれやっかいなことが増えそうだ)


早めに準備を済ませ、開店する前のわずかな時間に

例の男の確認に行く。屋上の階段を上がるのは久しぶりだ。


(梅雨が過ぎたらビーチベンチでも置いて自分用ビアガーデンとか作るか)


そんなことを考えながらドアノブを捻るカチャっという音を出さないようにそっと旨い具合に捻る。

現役時代に得た技だ。これは未だに重宝している。



男は屋上の柵の手前に膝をついてしゃがみ込み、

それこそビリヤードのキューのような太さのスコープを片手に地上を見下ろしていた。

予想通り。

ドアを閉じる時は先ほどとは打って変わってあえてガチャンと音を立てて閉めた。


人の気配には気がついたはずだろうが驚いて振り返る素振りは見せない。

あれか、ヘッドホンしてるから聞こえないのか?無防備な奴め。

 

「おいおい、俺の店の屋上を殺害現場にするのやめてくんない?」

 

「現場、ではないでござろう」

 

「なんだ聞こえてんのか。嫌な奴だねお前は。いまどき狙撃なんて仏さんみればどこからとか結構簡単に特定できんだよ。

この街には防犯カメラも多いしな。ガサ入れされたら迷惑だ」

 

「被害者ヅラしていればよいでござる」

 

「俺は口が軽いからね。お前のことも話すよ、ペラペラと」

 

「口止めする気はないでござる。そして警察が動くような事件にはならぬ」

 

こいつなかなかふてぶてしい奴だ

 

「あーわかったよ。口出して悪かった。どうせスナックすまいるに出入りする奴がターゲットだろう。それだったら北側に2件隣のビルの上からのが確実だぞ。

ここはたまに風が強いから安定しない」

 

「ご忠告どうも」

 

「フン、こういう時だけ素直になりやがって」

 

こちらを向き直った顔ににやりと笑みが浮かぶ。

少し開いた口元に綺麗に生えそろった歯が覗いた。

鋭そうな犬歯が見える。

ぞわり、と肩甲骨あたりの肌に鳥肌がたった。

 

「とりあえず、ここはやめろ。そこの階段の裏側に隣のビルの非常梯子があるから

それ利用して屋上づたいに移動するといいだろう。

あんまり派手に汚すなよ、そのビルの所有者こええオカマだからな!

万が一ウチに怒鳴り込み入れられたらお前、オカマバーで働かせるぞ」

 

 

「ご親切にどうも」

 



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明け方、最後の客が出て行ったころに救急車のサイレンが聞こえた。

 

やりやがったかそれともただの酔っぱらいの喧嘩か。

 

軽く片づけて真上の部屋に戻ろうとしたが鍵を差し込む一歩手前でためらいそのまま屋上へ上がった。

 

隅の空調のダフトの脇の段差に腰かけている黒い塊がいた。

 

 

「どうした

 

大きな体を屈めて肩で息をしている。

 見下ろしながらつぶやいた。

 


「まぁ…仕事後ってのは誰だって興奮するもんだ」

 


咄嗟に腕を掴まれた。それを手すり代わり利用して男は立ち上がった。 

そのままずいっと目の前に立ちはだかり肩をぐっと掴まれた。

キスの予感をさせるような角度で顔が迫る

 

というよりこれはセックスの予感だ。空気がフッと色を成す。

 

「やめとけ」

 

ピタリと動きが停止した。

 

「俺をはけ口にするつもりか」

 

「正直に言うとヤらせてくれれば誰でも良い状態でござる」

 

「だったらその辺にあるソープにでも行って抜いてもらえ」

 

「服を脱ぐのが面倒な故」



厄介事にうんざりしつつも興味本位で口を挟んでしまった自分を恨んだ。

 

しかし自分の経験から若い頃「仕事」の後のどうしようもない興奮というものの抑えきれなさはわかってしまう。

一瞬の同情に隙を突かれた。



こういう時にかつての仕事の職業病のような勘が働く。


ため息をつく。



「勝手言うのも大概にしろよニーチャン」

 

「若者の勝手を聞くのがオッサンの役割でござろう」

 

「自分で若者ぶるんじゃねぇよ。そこまで面倒みてやるつもりはねぇ。オッサン労れ」

 

斜めの角度のまま停止していたはずの顔面がふたたびゆっくり動きだし横にそれた

耳元に口元が当てられたのがわかる。

まだ呼吸が荒い。

こちらが思ってるほど余裕はないのかもしれない。

ふてぶてしい態度とのギャップにああ、こういうのほだされるっていうのか、

とぼんやり思う。

ゆっくりと空が黒から紫になっていく。

 

ハァ

 

肩にしがみついて耳元で呼吸するとか確信犯だなこいつは。

 

 

「あーあ、しょーがねーなーガキに口説かれるとか本当なんの災難?」

 

そういって空を見上げた時に浮き出た喉仏の側面をぬめりと舌が這った。



 

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あー

 

 

熱っぽい場面場面が断片的に思い出される。

自分も思いのほか興奮していたのかもしれない

鈍痛のする腰をさすりながら

ベットから這い出す。

畜生




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屋上でそのまま行為になだれ込みそうな相手をどうどう、となだめて

出入り口付近の階段の踊り場までとりあえず引き込んだ。

自分も若かったらそのまま屋上でやってしまったかもしれないが

そういう時でも身の安全をまず確保してしまうところに

あー、自分でいっといてアレだけどオッサンだなおれと思う。

 

埃だらけの踊り場の片隅に追い詰められ

向かい合った状態で執拗に首元に吸いつかれる。

 

なんかこえーな、こいつ

 

好きなようにさせておいたらそのままガブリ、と噛みつかれそうな勢いである。

少なくとも人傷めたばかりの人物だ。正常な状態ではなかろう。

明らかに相手の方が興奮しているようにも思えるが

口で口を繰り返しふさがれながら上着のすそに手を差し入れられはじめると

こちらもむわりとした欲情が立ち上る。

 

差し入れられた右手は素手ではなく指先だけカットされたレザーのグローブを着用したままだった。

脇腹を這いあがってくる湿った指先とたまに触れるか触れないかの柔らかいレザーの感触に思わず眉間にしわが寄る。

 

されるがままにじっと身を任せてはいたが

何かに駆り立てられるようにそのヘッドホンに手を伸ばした。

肩にずり落ちたヘッドホンからはエレクトロニックな音が漏れている。

ヘッドホンが外れる拍子にサングラス少しずれたので

男が自ら外し窓鍵の金具にひっかけた。

 

(そう言えばこいつの目を見たことがなかったあっさり外したな


そんなことを思いつつ、しかしすぐにサングラスは自分の為にも掛けたままの方が良かった。

 

いままで隔てられてわからなかった視線の動きや目つきが生々しくわかってしまう。

視線が痛い、とはよくいったものだ。

窓の外のネオンから漏れる光を拾って所々、光る。

 

 

上半身をなぞった右手は一度上着から這い出しボトムのジッパーを降ろした

そのまま躊躇する様子もなく硬くなった己を下着ごと逆手に握られ

ゆっくりと上下にこする。

 

っう……

 

思わず、息が漏れた。

ほんの一瞬ニヤリとされる。

わざとらしくジッと顔を眺めたまま手の動きはだんだんと激しくなってくる。

くそっ…調子に乗りやがって…

視線を逸らしうつむいた時に視界に入ったものは…

レザーのグローブをしたままの手のひらが立ち上がった陰茎を握っていた。

思わず目にしてしまったものはとんでもなくいやらしく淫靡な光景だった。

 

(やべぇ

 

窓鍵にひっかけられたサングラスもこちらを見ているように感じる。

そちらに視線を泳がせた時、肩を掴まれそのまま後ろ向きに壁に押し付けられ、

壁に向かってうつ伏せの状態になった。

後ろから肩に顎をのせられ相変わらず体の中心を握られたまま

前だけはだけていたボトムを太ももの辺りまでずり降ろされた。

握っていた指が開き濡れた感触を確かめる様に上部を滑る。



そして背後でジッパーを降ろす音が聞こえた。

 

 

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「そっちいるかー?」

「いねーな、跡がねぇ」  

「そう遠くにはいってないはずだ、探せー!」

 




頭上で声が聞こえる

あのまま屋上でおっ始めなくてよかった。

埃と汗の混じる淫楽の薄暗闇の中、ぼんやりとそんな事を思った。

 

生温く、文字通りの人肌の熱を纏う欲の塊に背後から貫かれる。

壁に手をつき腕に顔を伏せてその衝撃に耐えた。


侵入を進めるそれが一瞬ためらったのは頭上の声が聞こえた時。

咄嗟に背後から手が伸び口を塞がれた。


ハァ……ハァ


背後で息を整える荒い呼吸が聞こえる

その後、頭上からの声は遠くなり、口を塞いでいた手が外れる時に指の股に舌を差し入れてやった。

一時停止は続く。

 

「なんっだよ若いことが取り柄っなんだろ早く揺すれよ」

 

「ッふ、そんなに求めず


ぐっと中で質量が増し 腰を打ち付け始めた。



「…ぅあ”っ…」


「………ッ…」


荒い呼吸に混じって鼻に抜ける様な微かな声が聞こえる。



衣服もロクに脱がずに、立ったままで。

肌と肌が触れているのはその繋がっている部分だけ。


名前も知らぬ相手と。




律動とともに上り詰めてくる劣情になすすべもないまま。


あとは破裂して垂れ流すだけ。




 

 

 

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「おまえ調子にのるなよ」


「調子にはのっていない。御主の挑発に乗りはしたが」


「揚げ足ばっかりとるんじゃないよ」



自分の部屋でずうずうしくシャワーまで済ませ、さらに飲もうとしていたビールにまで手を出している。

寸でのところでひったくった。

よくよく盗み見をしていると…

この男は自分が現役だった頃と同じ位の歳だろうか。


外はすっかり明るくなり遠くで聞こえる列車の音の数もだいぶ増えた。

それでも土曜日の朝はゆっくりだ。


飲み物にありつくのを諦めるとさっさと身支度を整え部屋の出口に向かう。

昨夜と違う所と言えば逆立てた髪をすべて下ろしているところぐらいだ。


「おい、お前…今更言うのもなんだがビョーキもってねぇだろうな」


「その質問、今拙者が御主に確認しようと思っていた所でござる」


「ッチ、本当憎たらしいニーチャンですこと」


「まぁい、ろ、い、ろ、お世話になりました、服部さん。またお世話になる事があるかもしれないでござるが」


「…?!…おい、なんで名字知ってる」


店では全蔵、という通名しか使ってない。


「有名でござるよ、拙者の大先輩でござるからな。元同業者の服部さん。」


「お前ぇみたいな後輩持った覚えはねぇよ!」



言い終わるか終わらないかのうちに部屋のドアは閉じられた。


ッチ!胸くそ悪ぃ!!


脱いだ靴下を閉じたドアに向かって投げつけた。






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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金魂ねつ造万全です。なんというかセフレになればいいですこの後。

全蔵が手取り足取りかつての「お仕事」万斉にいろいろ教えてあげればいいんじゃないかな、と思います。

で、普段まったくお互いに興味ないんだけどふとした時にやっちゃうという。イメージとしては万全万です。

今回は大人の余裕みせて受けてやったけども時々全蔵がぶち切れたときとかは全万になればいいなと思います。

お互いやられっぱなしじゃないといかフェアがいいなと、そんなイメージ。(2011.6,6)








 

 

 

 

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