「真っ赤なおべべ着てご帰還とは…ずいぶんいい身分だなぁ」
来島や武市が一通り騒いで部屋を去った後
高杉だけが残りゆっくりと残り煙管をくゆらせている。
他の二人がいる間は冗談として流していたが
さて、本題に入ろうかという話題の切り替え方に口の中が苦くなった。
今すぐにこの上着を脱ぎたい。
あらぬ疑いをかけられているならば文字通りの濡れ衣だ。
交渉役にと坂本の船に向かわせたのは晋助だ。
自分の口八丁を見込んでの仕事。自分もそれは自覚している。
ただどうも坂本という相手にはリズムが崩されるというか、
自分のテンポに持っていくことができないのも確かである。
交渉の内容はそこまで複雑でなくてもあの船に行くのはいつも憂鬱だ。
「口八丁だけでなく…手八丁まで駆使したか」
ふぅーと煙を吐き出し一つの瞳を細くしてこちらを見つめる。
機嫌が悪いようでは…ない。
「何をいいだすかと思えば…坂本殿の酒癖が悪く拙者の衣類を嘔吐で汚されたため代わりの衣服をお借りしたらこれしかなかったのだ。背格好が近いことは晋助も知っているだろう。」
トラブルのはすべてこの赤いコートだ。
とりあえず、着替えたい。
今戻ってきた衣類は再びクリーニングに付き返してしまった。
ならばクローゼットの中の着替えをと話しながら赤コートを脱いでいく。
「今更それをあらぬ方向に疑いをかけても拙者は被害者でござる。」
赤いコートとインナーを脱ぎ棄ててクローゼットを扉を思い切りよく観音開きにして
がさがさと着なれた衣服を探す。
疲労がピークに達していて所作が荒らしくなっているのが自分でわかる。
大人げない、とはわかっていてもつい、不機嫌な態度を表にだしている。口数が増える。
客観的な自分が「疲れているでござるな…」どこか遠くで見ている。
「そもそも晋助も坂本殿と旧知の仲であるならば酒癖の悪さなどご存じであろう…」
とここまで口に出してしまった、と思った。思っていた以上に「旧知の」という部分を強く言ってしまったからだ。
クローゼットの中でとっくに衣類は見つかっているのに晋助に向き直るのが気まずくて
がさがさと無意味に衣服を漁る。
その時、背骨につつーっと下から上へ金属の様なものでなぞられる感覚に体がびくっと反応した。
振り向くことはできずクローゼットに備え付けられている鏡で背後を見る。
案の定そこに晋助は立っていた。
背中を引っかいたのは煙管の吸い口らしい。
「ふーん…なるほど、背中に引っかき傷はねぇようだな…万斉、表向け」
向き直った時に後ずさりをし、バランスを崩してクローゼットの棚に腰かけてしまった。
立ちあがるタイミングを失い肘で体を支えている。
落下した衣類の上に肘をついているので滑って力が入らない。
しかしそんなことお構いなしに高杉は迫ってくる。
白い腕がすーっとのびてきて肩の根元、首にほど近い鎖骨に親指をかける。
窪みにぐっと指が食い込む。
今回は、やましいことは何もない。本当だ。
しかしそれがあろうとなかろうと、この後に行われることの予測は、つく。
今日はもう被害者ヅラするしかないでござる
と思ったすこし笑った。晋助の前ではこういう時になぜかおかしみが沸いてくる。
あきらめにも似た感情がそうさせるのだろうか。
ならば…
首周りの肌をくまなく見つめていた晋助の頭を掴み
こちら側から口をふさいだ。煙管の味が咥内に広がる。
舌で歯の裏をなぞろうと伸ばした時、顔が離れた。だらしなく舌は出したまま。
「なに盛ってんだ…煙管持ったままだぞ…誕生日に箪笥ごと火だるまになる気か…」
跨った状態で一度仁王立ちしになり煙管と一服。
そのまま煙管は文机に投げられ転がった。
もう今日は布団で横になれぬな…
疲れているのですぐに爆ぜてしまいそうだ…
冷静なくせに淫靡な予測を巡らす己が忌まわしい。
クローゼットの中再び光が遮られるのと
肌に指が這う感覚に悦楽見出す神経を集めるために目を閉じた。