a life time to master

 

 

 

 

 

 

連休の中日に会う約束をして訪ねてみても約束の定刻にドアをノックしても

坂本先生はすぐにはドアを開けてくれない。

開けてくれない、というか鍵がかかっていないことが多く河上は勝手に上がり込む。

 

 

「邪魔するでござる」


一応一言声をかけて靴を脱ぐ。

玄関に自分の靴と先生の革靴が並ぶのを見るのはあまり好きではない。

自分のすり減った学生靴と通勤用の革靴の立派さを見ると

やはり「教師と生徒」という明確な役割を認識させられる。

靴のサイズなど大して変らないのだろうに。



坂本の部屋は汚い。 


玄関のわずかなスペースを除いていろいろ床にものが散らばっている。

スーツやコート類はかろうじて壁のハンガーに掛けられていてそういう部分もまた社会人なんだと思う。


床の隙間を飛び石の様に歩きソファの脇の床に座り込む。

ソファにはスウェットなど洗濯したのか洗濯するのかわからない衣類が置かれているので座れないのだ。

 しかしこの部屋に嫌悪はない。

このごちゃごちゃ具合は男なら落ち着くと感じる人が多いはずだ。

何より女っけが、ない。

そういう部分を少なからず感じて気持ちの片隅で安心している自分がいる。

 

ノックに反応しないとなるとほぼ坂本は爆睡状態である。

ソファの横に座り込んでわざとがさがさと音を立てながらコンビニ袋から買ってきた炭酸飲料を取り出し

プシッ捻って喉を鳴らしながら勢いよく飲む。

はぁーっと一息をつくと部屋は少し無音になり

その後すぐに頭上からごぉーごぉーっといびきが聞こえてくる。

 

姿は見えぬがロフトにいるその存在は盛大ないびきで感じ取れる。

 

ローテーブルに放り出されたキーケースや財布、時計。

財布からはみ出たレシートを引っ張り出して内容を見ると

カラオケ店のレシートだった。日付や時間を見ると今日の明け方の時間が記されている。

(朝帰りでござるか…)

 

誰と遊んできたんだろうか。人数を見ると4人。

そう大人数ではない。

よく見かけるのは先生方の集まりで服部先生

坂田先生の3人だ。同年代なんだろう、仲はよさげである。

でもそのレシートは4人だ。

いつもの集まりじゃないのかもしれない。あと一人はだれだろうか。

 

「むむぅあああ暑い暑いぜよばんざいくーん

 

頭上から声が聞こえ、見上げると

ロフトの端から腕がぶらーんと垂れ下がって手を振っている。

初夏にもなれば空調をつけずロフトで寝るのは相当暑いだろう。

どうせ布団なのだから下に敷いて寝れば良いのに、とも思う。

 

がさがさと布団が擦れる音がしてぼっさぼさの頭がにょきっと顔を出し見下ろす。目は開いてない。


「なーんかうまそうなもん飲んどるなぁわしにも一口くれんかの?」


そう言いながら垂れ下げた腕をぶんぶんと振り、頭が引っ込んだ。

素直に自分が飲んでるものを渡すのが癪に障ったので

その腕を無視して飲みかけのペットボトルをロフトに向けて投げ入れた。

がつっと音がして「アイテテテテテ」と間抜けな声がしたあと、最初ほどではないがプシッという音と共に喉を鳴らす音がする。

ペットボトルは戻ってこなかった。



数分後、コツーンといってロフトから何か硬めの、ボタン大の大きさの粒が降って来た。

床で一度跳ねてコロコロと転がり、目の前でぐわんぐわんと回転し停止。

(なんでござるか?)

拾ってみると表面は黒、裏面は白のプラスチックで出来た、

オセロの石である。


(?…なぜロフトから?)


ロフトに続くはしごに足をかけギシギシいわせながら一段ずつ昇る。

顔をのぞかせると予想はしていたがパンツ一丁で寝転がっている坂本が目に入り

枕元にはなぜかオセロ盤が置いてある。

そのままロフトまで無理矢理上がり込む。4畳ほどしかないロフトは男2人上がればぎゅうぎゅうだ。

座った状態で天井に頭がすれすれになるかならないかぐらい。

間抜け面さらして寝息を立てる様子をみていた。

だんだん腹が立って来たので体をゆさぶる。


「約束の時間はとうに過ぎているでござる」

「…む……」

「今朝何時に帰ったでござるか」

「……んー……」

「…このオセロなでござるか」

「あー…うーー…ん…なんか…あったんぜよそこに」

「そんなはずはないでござる。あ、裏にカラオケ屋の名前書いてござる!」

「あー…先生窃盗罪で捕まっちゅう…ばんざいくん…たすけて…」


そういいながら寝返りを打ちつつ近づいて来た坂本は河上の腰に手を伸ばしゆっくりと撫で始めた。

向きをかえて軽くかわす。

 

「数学の教師ならこういうゲーム得意でござろう。オセロの勝負するでござる」

「え…?これ…数学関係あるんかのぅ…うん、まぁ得意ぜよ!」


そういいながら坂本の枕元でオセロが始まった。

黙々とオセロ盤に石が並べられ、坂本は白、河上は黒。

最初は五分だった勝負がいつの間にか盤上の石が黒くひるがえっていく。

寝ぼけ眼で適当な態度だった坂本はさすがに負けるのが悔しいのか

やや起き上がり気味になり考えながら石を置く様になった。

しかしやる気になった時には既に河上に四隅に黒を置かれていた。

このままだと坂本の負けコースだ。

河上は少し楽しくなった。

なんとなくいつも感じる敗北感のようなものが思わぬ形で晴らせそうな気がするからだ。

残り少なくなったオセロの石を手のひらの中で摺り合わせ次の一手を考える。

自分の番が待ち遠しい。こうなったら徹底的に勝ちたい。

 

ところが坂本がなかなか石を置かないのだ。

(もう勝負は見えていて考えるのも無駄な気がする…)

悩んでいる様な表情を見せたかと思うと

突然体を大きく動かし咳き込み始めた。


「ウエッゴホッゴホッ!!」


「先生?」


片手で口を押さえ苦しそうにもがく。

枕元に助けを求める様に手を伸ばしたかと思うと


ザザザーーーーーッ


とオセロ盤に並べられていた石が、ゲーム途中だった白と黒の石が

めちゃくちゃ散らばった。


「なっ!」


咳き込み終わった坂本は顔を上げた


「あっ!!万斉君すまん!すまんのう!ゴホッゴホッ…急にくるしくなってしもうて…目の前が真っ白になったぜよ!」

「…」

「ん…?…こりゃぁ!こりゃぁ!いかん!オセロが…あぁぁ…こりゃぁ勝敗わからなくなってしもうたのぅ…」

「…汚いでござる…」

「ほんにすまん!すまんのう…しっかし万斉君強いんだからもう一戦やっても勝てるじゃろう…やり直せばよいきに…っとオセロの再戦の前に…よっ…っとこっちを一戦お願いさせてつかぁさい!」


と言うと同時に河上の腕は強い力で引っ張られ体勢を崩された。

散らばったオセロの石の上に仰向けに押し倒される。

さっきまで眠気眼だった坂本の目はまったく違う表情をしている。

そして勢い余ってロフトの低い天井に頭を盛大にぶつけていた。

興奮したのか頭をぶつけて痛いのか目がみるみる充血して涙目になる坂本を見て

河上は抵抗する気が失せてしまった。

が、せめて悪態のひとつでも。


 

 

「窃盗罪の前に未成年略取でつかまればいいでござる」



 

 

 

シャツを裾からめくりあげられながら生暖かい手のひらが腹の上を昇ってくる。

あばら骨あたりの肌を親指で擦られた時にぐっと息を飲みその声が少し漏れた。

 背中には相変わらずオセロの石が敷き詰められている。

その石にじんわりと…汗が滲む。

河上の素肌にプラスチックが密着する様な感覚が起きる頃、

呼吸も絶え絶え快楽の淵に追いやられた。


 

 

「っ…っぁ………先っ…生

 

「おんし…わしが喜ぶの…を…わかっててっ…そう呼…ぶのかぇ?」


 

 

 

律動に耐えようとロフトの手すりを握る手に力が籠り二の腕に血管が浮き上がった。

 

 


 

 

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再び大きないびきをかいて大の字に寝転がる坂本に

散らばったオセロの石を二枚拾って目の上に載せた。

普段の間抜け面となんの差もなく心の底から腹立たしくなった。


静かにはしごを下りて風呂場に向かう途中

コツーンと床に乾いた音がした。

 振り返ると黒面を上にした石が一つ転がっている。

通りかかった姿鏡に写った半裸の自分の背に何か張り付いている。

肌に張り付いていた何かがスローモーションのようにゆっくり剥がれ落ちるのを鏡越しに見ていた。

再びコツンと音が響く。

張り付いていたのはオセロの石だった。


背中に無数の円形の痕が残っていた。








end




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3Z河上と坂本先生のオセロネタですあのオセロというお題が降り掛かってきましたのでね…いや自分で撒いた種なんですが。

この河上はいつもの河上より少しデレです(当社比)(2011.05,07)

 

 

 

 

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