Liquid Rain

 

 

 

11月の冷えた日。

どんよりとした空から20分ほど雨が降った。

夏の夕立ちとも違いぱらぱらと軽くしかし冷たい。

 

20分間の雨、そんな程度なのに気分がずいぶんと落ち込む。

 

寒いのは堪える。

こんな日に一人で歩くなんて色気のないことこの上ない。

 

 

16時を過ぎればあたりは真っ暗になる。もっと冷え込んでいくだろう。

川沿いを歩く足を早め船へ戻る道を進む。

 

沿岸には屋形船が数隻、夕闇に包まれる前に、と行燈の準備を進めている。

障子にぼんやりと浮かび上がる中の人影。船の揺れと安定しない炎の揺れと。

 

こういう想像力を掻きたてられる風景というのは

腹の底にくすぶった火をつける。

俗に言う欲情している状態なんだろうが、

もっとこう、崇高な気持ちと勘違いしている自分がいる。

 

 

 

 

前方の数隻の屋形船の中から、障子の影がそのまま抜け出したような

真っ黒の人型が現れた。

 

背中に三味線を背負ったその人型は長身をかがめて

慣れた足取りでそろりと揺れる船から降りる。

 

見覚えのある背中。

 

ダダダッ、と走り出して後ろからその背中に激突したくなる衝動を抑えて

堤防へを登りきり歩き始める様子を確認してその後ろをゆっくりとたどる。

 

 

気づかれぬようにとかなりの距離をとりつつも、

液雨でしっとりと濡れた地面を這うような気分で後ろ姿を追う。

 

 

このもどかしさが楽しい。困ったものだ。

己が地を這う蛇だったら、しゅるしゅると舌なめずりをしているところだろう。

さて、前を行く者は獲物か、魔物か。

 

 

黒い後ろ姿が足をゆるめた。これは気付かれたな。

しまったという気分と、さぁどう出る?、という気分。

コートの胸元に手を忍ばせ金属物を確認する。思ったより冷たく驚いたが、

 

それを出すのと同時に黒い影が振り返った。

 

 

「用がおありなら手短にお願いするでござる。尾行なんて趣味が悪いですよ」

 

「わしが趣味がいいことなんてあったかぇ?」

 

「それはごもっとも」

 

「しかし夕方とはいえこんな所歩いておったら目立ちゅうぞ。な、指名手配犯河上万斉殿」

 

「こういう時は名を間違えぬのでござるな」

 

 

いかにも呆れたといったような表情がわかる。

楽しくてしょうがない。

歩いていた堤防をしぶしぶ降りていく。

一応、川原には道ができているが、堤防よりも歩きにくい。

茂った草を踏みつけながらゆっくり歩く。

そして足もとからじめじめと濡れていく。

 

 

並んで歩くことはせず、すこし距離は縮まったものの

前後の立ち位置のまましばらく歩き続ける。

ニヤニヤしながら後ろ姿を眺めていたがふと気がつくと辺りはもう暗い。

さてどこまでこのまま歩くのか。 

 

橋の下までさしかかった所で思い切って声をかけてみる。

 

「まんさいくーん!まんさいくん!」

 

闇と同化していた黒い人型が歩みを止めて振り返った。

 

 

「御主、もはやわざとでござろう

 

 「んにゃぁ、ちゃんと呼んじょるよ。おんしの耳が悪いじゃなかか?

そうじゃ!どれ!ひとつわしが診てやるきに!そのへんの宿でわしが膝枕して耳を

 

「断る」

 

予想通りの回答だが、つまらない。ちぇっとその辺の草を蹴る。

 しかしやっと目の前まで追いついた。

ここまで来たら図々しいのは承知。むしろそれは自分の長所だと思っている。

 

 

 

わしのぅ、今日誕生日なんぜよ」

 

「…またひとつオッサンになったんでござるな」

 

「あははははーーーー泣かすぞ若造」

 

 

 

カッと頭に血が上り相手の腕を掴んで橋桁に追いつめた。

 

 

そのままの勢いで無理やり顔面を固定し唇を押し付ける。

サングラス同士がガチャガチャと当たる。

 (痛っ)

唇の裏に前歯が当たった。が気にせず食む。

 

 

冷えていた唇がゆっくり温度を上げていく。

 

 

周囲はどんどん冷えていく。

 

 

 

重ねた唇のすき間から、時折、ンフッと漏れる息が白い。

 

 

 

 荒くなる鼻息さえも白いのか。自分の視界が眩んで白く見えるだけか。

 

 

夢中になって唇を吸っていたその時。

 

 

 

 急に首元がヒヤリとして鋭利な刺激が与えられ、 ハッとして頭を離した。 

 

 

(短刀…?ナイフ…?)

 

 

 

 

頸動脈にあてがわれていたのはバチだった。

 

 

「それ以上調子に乗るとこのまま貴様の首筋を弦の様に弾く」

 

 

せっかく上がって来た体温が一気に冷める、

恐る恐る両手を上げヘラヘラと笑いながら一歩退く。

やっと首筋から外されたバチをそのまま目の前に差し出された。

 

 

 

「くれてやるでござる」

 

 

流れで受け取ったのは象牙でしつらえられた乳白色の見事なバチ。

あっけにとられまじまじと眺めていると

 

 

「御主が持っていても何の役にも立たないと思うが誕生日だとおっしゃるのでくれてやるでござる」

 

 

そう言って一瞬ニヤリとし、すぐにコートを翻し再び歩き始めた。

 

 

 

 

 

もう後をついていく気分にはならなかった。

 

 

 

(久々に弦でもはじいてみるかのぅ船に三味線の一つや二つ、あったかもしれん)

 

 

 

 ポケットにバチを忍ばせ、それを手で弄り感触を楽しみながら帰路を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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りょうまでんで弦楽器を弾いてるシーンを思い出して。

辰馬もたしなんでいたらなぁ、

しかも戦争時代に高杉とセッションして癒し合っていたらなぁ、

と妄想が暴走。

 

それを知ってか知らずかバチをくれてやる状態の万斉。

万斉にとっては持ってるもので、あーこれならくれてやるでござる、

変わりはいくらでもあるし…なのに坂本は妙に意味深に受け取りそうですね。

「えっ!まんさいくんからプレゼント!?」みたいな。万斉一言もおめでとうっていってない…

そんなすれ違いの二人が愛おしいです。

誕生日おめでとう!辰馬!(2010,11,13にフライング気味に) 

 

 ちなみに

えきう【液雨】

秋から冬にかけて短時間降る雨。立冬のあと10日を入液、小雪(しょうせつ)を出液といい、このころに降る時雨(しぐれ)。《季 冬》

 

ということらしいです。

覚えたての言葉をすぐ使いたくなるという中二病すみません\(^o^)/ 良いインスパイアとなりました。

 

 

 

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