暑い。
陽の光とはこんなに憎いものか。
夜中から明け方にかけて徘徊下町の空がうっすらと白み始めたと思ったら
すでに暑い。
現在朝4時。
日中から気温の下がる気配もなく熱帯夜に突入しそのまま朝だ。
自分は一睡もすることができすこうして場末の町にふらふらと散歩に来たのだが
意外に体力を奪われる。
それでなくても上司に振り回されて肩代わりの仕事が多く疲れているのに加えて
自分の私用まで放っておけず。
(背負いこみすぎてこのざまだ。俺マゾなのかな)
探し物というのは。やっかいなものだ。
探している間はカスリもしないのにあきらめた瞬間みつかったりもする。
あきらめた瞬間見つかった時が一番厄介なタイミングになる気もする。
自分のどんくささが恨めしい。
(おれはそういう星の下に生まれたのな)
そして探しているものが昔の女…というのもなんというか恨めしいというか
女々しいというか。
やり直したい、とかまた会いたいとかそういう感情を抱えているならまだマシだ。
組織の処理のため、要は公用と私用が折混ざった複雑さ。
大本は公私混同させた自分が悪い。
そして相手がどこまで本気だったのかはわからない。
最初から偽りだった…というのが持論というか救いなんじゃないかなと思う。
騙されているうちが花だ。
自分も若かった。
目の下のクマも今はデフォルトだ。
こんな仕事、生活ばかりしていたらクマも消えぬ。
厄介な生活だ。
しかし、この生活自体をさほど嫌っていない自分が一番厄介だ。
そんなことを考えながらぶらぶら歩いている間も
容赦なく日は昇る。
傘を忘れたのだ。
夜のうち、日が昇らぬうちに戻る予定だった。
ところが夏の朝の日の出の早さをすっかり忘れていた。
午前3時半過ぎたあたりからうっすら明るくなり始めた時にはひどく驚いた。
宇宙を航海していると昼も夜もない。
この江戸の、四季のあるこの世界はつくづく自分達には向かない、と思う。
この前来た時は恐ろしく寒く、今日は忌まわしいほど暑い。
肌を陽に晒さないための包帯を所持しているけど、アレを巻くのはちょっと嫌だぞ。
少しぐらい、なら平気だろう。そう思い歩みを進めているが…
夏という季節の日差しは明け方の光だろうが容赦なく体力を奪う。
皮膚がピリピリしてきた。渇く。
ふと、ブーツの靴ひもが解けかかったのに気がついて
身をかがめて結び直す。こういうちまちましたことは意外に気になる。
自分の、あの上司なら何も気にしなさそうだ。
(あ、でも何度か靴ひもを結んでやったことがある気がする…
あぁ、ああやって甘やかしたのがまずかったか…)
自分より年下の上司の、しかも幼い頃の記憶だ。最近はそれも頼まれなくなった。
成長なのか、それとも…
一応は負い目があるのか
…そもそも面倒くさい手段のあるものを使わない気がする。
もう最近は編み上げのブーツを履いていなかったか。
片腕で靴ひもを結ぶのはなかなか困難なのだ。
(ベルト式のブーツにする…か…。)
そう思いながら立ちあがった、その時
目の前がユラリと動いて平衡感覚がくるった。
世界がゆがむ、と同時に針が刺したような
ツーンとした痛みがこめかみを貫通した。
(あ、マズイ)
と思い何かに掴まろうとしたが往来の中央につかまるものはなく
膝からがくりと崩れた。
あー…
ちょっとすれば落ち着くのだろうがすーっと背筋が冷える。
立ちくらみだ。
「おいおい、道の真ん中になーんかでかいのがうずくまってると思ったら…
おたくだいじょーぶ?」
背後から声が聞こえ、
揺れる視界のまま振り返ったら黄色い影が立っている。
徐々にクリアになっていく視界でゆっくり下から上へ視線をあげれば
黄色いおかしな服を着た、
顔面を半分以上髪の毛でおおわれたあご髭の男が不思議そうにこちらを見ている。
目は…確認できないけど見ているこちらを、確実に。
こいつ、以前どこかで…。
「朝帰りの道中で倒れるなんて…毒でも盛られたかい?」
「徹夜の仕事あけだ、ばかやろう。まぁ毒盛られて帰り道死ぬくらいなら腹上死してぇもんだ」
「違いねぇ」
そう言ってニヤリと笑いとスタスタとこちらに近づき
肩をかしてやる、というそぶりで片腕を取った。
正確には片袖だ。腕は…入ってない。
「!!!」
ちょっとぎょっとした空気が伝わる。
「悪ぃ」
といってすぐさま反対側へ回りひょいと、今度こそ腕をつかんで
よっと勢いをつけて支えながら立ちあがった。
(あれ?なんだろうかこの既視感)
そう思いながらも膝に力を入れる。
「へぇ、にいさん細いのにけっこうしっかりしてんのな」
「おたくは図体でかいのに繊細なのな」
茶屋の前に出しっぱなしにされた腰かけに座る。
だいぶ朝日は射してきたが茶屋の軒で日陰になった。
並んで座った。
「おたく、レバーとか食べたほうがいいよ」
「貧血じゃねぇよ、単なる立ちくらみだ」
「そうだな、血の気多そうだもんな。血気盛んすぎて腕無くしちゃったカンジ?」
「んにゃぁ、血気盛んな上司に振り回されて腕無くしちゃったカンジ」
「へぇ…そいつは災難だな」
「あぁ、災難だ」
「腕無くしてでもまだ部下でいるなんて大した忠誠心だよ」
「天職だと思ってるからな、上司の尻拭いが」
「…おたくは…アレだな歪んだりはしなさそうだな…」
「…?」
「こっちの話だ、じゃぁまぁ、お気をつけて。今日も暑くなりそうだぜ」
「世話になった」
ゆっくり立ち上がる。
黄色い男は立ち上がる様子を確認するかのように腰掛けから見上げて見ている。
今度は大丈夫だ。立ちくらみもない。さて、どうやって帰ろうか。
陽をよけながら帰る方法は。
ふと軒先に立てかけられている大きな傘のを発見した。
(結構でっかいぞ、何に使うんだありゃ?)
傘の柄を握ってみる。あ、いい大きさなんじゃないか?
バサッとふりまわして片手で開いてさしてみる。
ちょうどすっぽり自分のでかい図体を日の光から守ってくれるサイズだ。
「ちょ、おいおい、それこの店の日よけ傘だろうが!」
「具合悪いからちょっと拝借させてもらおうと思ってな…お前しか見てないんだ
ま、今回は見逃してくれ。日差しに弱いんだよ」
「はっはっはは!なんだそんな図体して、もやしっことか似合わねえよ」
「笑いたきゃ笑え」
まぁそんな程度の窃盗を咎める道徳心も自分も持ち合わせていないしな、
と黄色い男は最後に言った。
そして雀の鳴き声を聞きながら、大きな傘が街を歩く。
まずは惰眠を貪りたい…膝枕の一つでもしてもらいてぇもんだ…
とため息をつきながら帰路を急いだ。
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吉原炎上編後、地雷亜編後で歌舞伎町大戦争一歩手前の次期設定です。華蛇はまだ春雨に見つかってない。
何度か阿伏斗は華蛇を探しにお忍びで江戸に降り立ってたらなぁという妄想からスタートしました。
図体のでかい男が女々しいとかもの凄い萌える。それじゃなくても振り回され気味なのに。
無理がたたってクラリときた所に遭遇する全蔵。まだ敵か味方かお互い分からぬまま接してますからね。
この先もどうなるか分かりませんし、楽しみですあご髭コンビの行方が。(2010,10,7)
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