melt

 

 

 

 

 

日中から町を飛び回る忍びの姿。

といっても今日はピザの配達だ。

 

 

時間ぴったりに届けるのが自分の仕事へのこだわり。

 

 

 

 

 配達の指定先はテレビ局の楽屋の一室だった。

 楽屋の名札には「寺門 通 様」いま人気のアイドルの楽屋だ。

 

 テレビ局の通路を歩いているとこのピザ屋指定の黄色の忍び装束も

 何かのバラエティの衣装じゃないかと思うほど、違和感がない。

 それぐらい騒がしいし、にぎやかだ。

 

 

ドンドンドン!!

 「こんちわー、ピザ届けにまいりまっしたー」

 

 「あっ!はーい鍵は開いてるからどうぞーさんの放尿滝みたい!」

 

 失礼します」

 

 ガチャリ

 

 「すいませーん、宅配ピザニンニンピッツァでーす」

 

 そこには派手な衣装に身をまとった少女が鏡に向かい化粧を施されている途中だった。

 

 「あっ、今動けないのでちょっと待っていただけますか?もなんばん!」

 

 (えぇ受け取るだけならさマネージャーとかさ、誰かいるだろう

 

 部屋にはお通とヘアメイクの女と衣装ラックの陰のソファに誰かいる?

 

 咄嗟に人数確認をしてしまうのは癖だ。仕方ない。

 別に襲ってきやしないのに。用心深いというか臆病というか、習性だ。

 しかし何だろう、違和感というものはなんとなくわかる。

 

 

 突然ヘアメイクの女の携帯が鳴り響き「はいもしもし、ミヤビです!えっ?!!」という驚きの声と共に

 「お通チャンごめんなさい、入り時間間違えたみたいで今すぐスタジオ入りしろって!!ピザはミヤビが食っておくんで!早く!」

 「えっ!ミヤビちゃん,うそー!せっかくピザ来たのに!んにく鼻に詰めるゾコノヤロー!」

 

 「え?ちょ、おい、あの受け取りだけでも」

 

 バタバタバタバタ

 

 がちゃん

 

 

 二人は揃って慌ただしく出て行ってしまった。

 

 「おいぃぃいいいい!!せめてピザ代金ぐらい置いていけよ!このやろう!そくブッ刺すぞぉぉぉお!!」

 

 

 …

 

 ハァと小さくため息をついた。手のひらの上のピザの箱はまだ温かい。

 その手のひらが湿気でじんわりと湿ってくる。

 

 

 部屋の奥の衣装ラックの方を睨んだ。

 

 

 

「ちょっとそこのオニーサン、居るのわかってるから。タヌキ寝入り決め込んでないで代金はらってくんない?」

 

 衣装ラックの陰のソファにいた影がむくりと動いて

 両腕をぐーっと天井方向へ伸ばした。

 

 「なるほど拙者の同化の術は見破られたか」

 

 「何いってやがる。同化どころか悪目立ちしてんぜ」

 

 「客に向かってそんな口のきき方で良いのでござるかな?かじまみゆき」

 

 「だったら代金はらえやくそがき!んききっず」

 

 「はいはい焦らずともくれてやるでござるよ、しだたくろう」

 

 「チョイス古ぃぞーきんって歌あったよね」

 

 「BUKUでござるな。お主もそうとうマニアックなチョイスーザンボイルどこいった」

 

 伸びをしながら立ちあがり、ゆっくりと腕のストレッチをしながら物陰から出てきた男は

 先日あの坂本という商人の仕事場ですれ違った

 長身でサングラス、黒髪を逆立て大きなヘッドフォンをしている、

 

 あの、男だ。

 

 そしてちょっと忌まわしい苦い気分がこみ上げるが、落ち着けつつ。

 

 Lサイズのピザ8等分カット済み。代金は3000円」

 

 差し出した手を素通りし、ぱっとピザの箱を奪われた。

 テーブルに腰かけその傍らにピザの箱を置き開封している。

 

 おい

 

 

 一切れつまみあげてゆっくり食べ始めた。

 とけたチーズがタラリと落ちそうになるも器用に反応して垂らさずに上手く食べる。

 ピザなんて手掴みで食べるもんでその時点で行儀もクソも無いが、なかなか綺麗に食べる男だ。

 

 3分の1を食べたところで食べかけのピザを箱に置いた。

 3本の指についた油やピザソースをぺろりと舐めた。

 

 食べ方の綺麗さとちょっとした品の悪い行動のギャップに喉の奥がざわついた。

 

 自分は食べていないのに油ものを食べた気分、喉が渇く。

 

 

 「先日は護衛、今日はピザの配達。なかなか様々な職業をもっているのでござるな」

 

 「まぁな。肩書きはフリーターだから。どこにいようが雇われ次第ってわけだ」

 

 ふん、自由な生き方なことだ」

 

 「ところであんたこそ、こんなところにどうしていいるんだぃ?」

 

 代金をすぐに受けっとって戻ることはもうあきらめた。

 部屋に入った時の人数察知はあながちまちがってなかった。素晴らしい勘だ。

 

 「さて、なぜでしょうな

 

 あくまで言わないつもりらしい。  まァ確かに別にどうでもいいことだ。

しかし胡散臭すぎるのも確か。

 

 手の着けてないピザを一切れ差し出された。

 

 「いや、俺仕事中だし」

 「まぁ硬いこと言わずに」

 

 チーズが垂れる前に受け取った。

 

 楽屋への差し入れの麦茶をずうずうしく湯呑に入れ、それを片手にもぐもぐと食べる。

 しばらく無言の空気が続く。

 

 一切れ食べ終えて、湯呑をあおる。ゲフッ

 これだけチーズのってるとさすがにもたれる。

 もとからそんなに食べない方だし胃も小さい。

 酒は結構入るけど、油ものは苦手だ。あれ?歳のせい?

 

 いや、何日も食事をとらずに潜んでいられる忍者のDNAが胃袋に流れてるんだな

 

 とかぼんやり思っていたら

 

 「服部殿?」

 

 

 「あぁ?」

 

 

 「アゴ髭に

 

 ティッシュをすっと一枚取り出して手渡すのかと思いきや

 そのまま手が伸びてきてあごに当てられた

 

 「チーズが

 

 ふわっとティッシュがあてがわれたかと思うと、髭部分を丁寧にぬぐう。

 そのままゆるい力でティッシュ越しに唇を指でなぞられた。

 さっきの、指先を舐める姿を思いだした。

 

 !!!

 

 「取れましたよ。口にもトマトソースが残っていたので食べたことがばれぬようにと拭ってさしあげた」

 

 「ご丁寧にどーも、っつーか自分でやるしガキじゃねーんだから」

 

 

 心なしかニヤリとされた気がするのだがいかんせん

 こいつサングラスのせいで表情が読めない。

 性質が悪ぃ。

 

 「本当さ、おっさんからかうのもいい加減にしてよ」

 「からかってはござらぬ。この前も今日も。面白い御人だとは思っているが」

 

 

 コートのポケットから財布を取り出し札を数えている。

 3枚の札を手渡された。

 

 「坂本殿の居場所は今も把握されているか。何かおもしろいことをしてくれればさらに枚数をはずむのだが

 

 

 「はっ…仕返ししてぇならてめぇでしやがれ。面倒ごとはご免だ」

 

 金を受け取ってさっさとしまう。ようやく帰れる。

 

 

 

 

 

あれ?さっき俺、服部殿って言われた???

 

 「あんたなんで俺の名を知ってる?」

 

 きょとんとされた。

そして無言で左胸を指された。

 

 

 !プレート

 

 

 しまった制服に付いたネームプレートに名前描いてあるんだった…。

 

すっかり脱力してしまった。

 

もういいや、帰ろう。よろよろとドアに手をかけ

 

「ご注文ありがとうございやした…また次回もニンニンピッツァをおねがいしま…す…」

 

「拙者には尋ねないのでござるな」

 

「あ?」

 

「ここにいる理由は尋ねられたが、拙者そのものへの質問は抱かないのでござるな」

 

なんだ急に青い質問を投げつけられた。なかなかふてぶてしいヤツだと思ったが

こうあからさまに青い部分が見えるとオジサン嬉しくなるぜ。

 

「聞いたら素直に名乗るのか?」

 

「いや、名乗らぬ」

 

「そんなことだろーよ、ま、俺にとってはどちらでもいいことだ。坂本以外の仕事の話だったらのってやるぜ?」

 

「…」

 

 

「今度こそ失礼するぜ」

 

 

パタン

 

フン、オッサンなめんなよ~

と思いながら鼻歌まじりにピザ屋に帰る途中

馴染みの薬局でボラギノールが安売りしていた。

 

 

フフ、今日はいい日だ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ピザ屋妄想してたらお通編でもピザの話が出て来たので届けたのが全蔵だったらどうしよう!となって書きました。

となるとつんぽさんの登場なわけで。あのつんぽの急にバカにしたような敬語がツボです。

以前の話(Room)でもそうですが全蔵はつんぽさんをちょっと最近の若者と思ってるといいです。

そんなに離れてないと思いますが。そこが萌え。

阿国ちゃんの話に「長らく非常な忍びの…」の行読むと、なんというか銀ちゃんとは違う挫折が合ったのかなと思ってしまいますな。(2010,9,18)

 

 

 

 

 

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