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背景:鳳仙のまだ生きている頃、

吉原炎上編の一歩手前。神威より一足先に吉原にやってきた阿伏兎。

その頃同時進行で地雷亜の行方を探し吉原にたどり着いた全蔵

 

 

ーーーーー

 

 

 

情報ってのはつかみ取るものと掴まされるものがある、と言ったのはどこのどいつか。

 

結局この観念が己の脚で情報収拾をする一番の動機だろう。

百聞は一見にしかず。

まぁそういうことだ。行ってみないと見てみないとわからねぇ。

 

と思って一度目に吉原に忍び込んだ時、己の街への馴染まなさに驚いた。

 

 

仕事をするためにはいつもの忍装束を脱ぎこの街に遊びに来ている者の格好を真似てみる…か…。

 

大概接待で訪れている袴姿の役人か、大問屋のボンボン若旦那の着流し、

浪人風の小汚い侍の格好…用心棒…

さてこの中で自分が一番溶け込める格好は何か。

 

まず、役人ってーのはガラじゃねぇから却下。で、侍の真似事もなぜかしゃくに触るので却下。

と、なるとだ。

まぁボンボンつながりで商人の格好を変装するのが一番妥当だろう、

となじみの呉服屋に着流しを一着仕立ててもらった。

その呉服屋の旦那はおやじも世話になっていた。

何も言わずとも、仕事着の仕立てと察したのだろう、

単なる着流し一着でなく、仕込みを加えてくれた。

こういう、余計なことを詮索せず仕事をやってのける男には尊敬の念を抱く。

しかし、

 

(まぁ…なんだろうな、こう…一般人のフリをしてんのが一番落ち着かないぜ)

 

 

普段、闇夜に隠れて動く方が自分らしいし、見つからぬ様に動く方が楽だ。

…そんな猫のような生活にすっかり慣れきっていると

「こういう」仕事の時にやや困る自分がいる。

 

古い時代の抜け忍びを探してこの吉原桃源郷までやって来たものの

空の塞がれた常夜の街、というのは忍びにとっては不利以外の何物でもない。

淫猥なネオンは闇を薄暗く万遍なく照らしている。

いっそのこと昼間の方がいい。

明るい、強い光の方が影が濃く出るから。

 

こういう土地では無理矢理隠れようとするよりもその薄暗さになじむ方が目立たない。

 

客の振りをしてにぎわいの中に紛れてしまうのも忍ぶ一つの手だ。

しかし紛れる、なじむというのは動きを意識的にゆるく、鈍くしなくてはならない。

速さと鋭さを売りにしている自分にはいささか疲れる仕事なのだ。

 

まぁしかし仕事と言えど醜女と一杯飲めるのは役得というものだ。

楽しく行こうか。

 

 

 

時間にして午後8時半時過ぎ。

まぁ今日はこのぐらいに、と調べる事を切り上げた。

キャバクラに…行くには少し早い。

適当に食事と晩酌でもしていい頃合いまで時間つぶしを、と思い

遊郭街外れの小さな料理屋に腰を落ち着ける。

時間帯的に同じ事を考えている連中かちらほら程度だ。

 

簡単なつまみに瓶ビール。

しっかし手酌ってぇのも味気ねぇな、と思いつつもまだ耳は周囲の人物達の会話が気になる。

何か情報はないか、潜在的に思っているのだろう。やっかいな性格だ。

 

しばらくして

 

「ちょいとすいやせん、店が混んできましてね、お客さん御相席よろしいですかね?」

 

店のオヤジに声をかけられ我に返る。

気がつくといい具合に店は満席になっていた。

会計をして出てしまおうかとも思ったがそちらの方が面倒くさかった。

 

「あぁ、かまいませんよ、どーぞ」

というか早いか

「おきゃくさーん!こちらの席どうぞー!」

と言って通したのはのっそりと歩くでかい影。

 

(っち、男か。いやいや別に期待とかしてねぇけど。…男か…)

 

「ちょっと失礼するぜ」

 

といって斜め前の椅子に腰掛けた男は、

なんというかやや疲れた雰囲気、年齢は自分よりやや上、中年の初めといったところか。

着流しでも袴でもなく、どこか異国風の服装に身を包んでいる。

(遠い星からはるばるとって感じかぁ?ま、触らぬ神に祟りなしだ)

自分は瓶ビールから手酌を進める。

 

目の前の男が頼んだ一杯目は生中だった。が、そのジョッキがいやに小さく見えた。

手のでかい男だ。

 

無言でいることもさほど苦にならないので、しばらく自分のペースで悠々と飲んでいたのだが

何かの拍子にゴトリ!と音がした。

男がジョッキを倒したのだ。

ビールが机上を這ってどくどくとこちらに流れてくる

 

(ちょっ!おまえ図体のでかさに比例するどんくささ!)

 

「おぉ!悪いねニーサン、おーい!オヤジぃ台拭き持って来てくれ、あと生中追加。」

 

別段慌てる様子もなく、倒したジョッキを立て直す。

幸い着物は袖にすこしビールがかかたものの、ほかに被害はなく、

つくづく自分の反射神経にため息が出た。

 

「いや、悪い悪い。これから馴染みの女に逢瀬かねぇ?着物汚れなくてよかった」

「そういうあんたサンも渋い声してんなぁ、今日も待たせてるのがいっぱいいんだろ?」

 

冗談に同じような冗談で返すのは酒の席では常識だ。

 

「ニーサンどっから遊びにきたんだ」

「あ?江戸だな」

 

極力細かく言わない。

 

「アンタは?」

「俺ははるばる宇宙からよ。女探しててなぁ、ここなら居るかと思ったんだがな…」

「宇宙から追っかけてるのか、よっぽどのべっぴんさんかいい女…なんだろうなぁ…」

「んにゃぁ、質の悪い女狐よ。金持ち逃げされてなぁ…なんであんな器量の悪いのに捕まっちまったんだろうな、オレは」

「奇遇だな。器量の悪い女に惹かれるってぇのには共感するぜ。俺は女は醜女に限ると信じて疑わないね」

「ちょ、いや、よく聞け、器量の悪いのを好んでる訳ではねぇよ…性悪女だっただけど…」

「あっ、そう、話が合うかと思ったのに残念だぜ」

 

そう言いながら台拭きでビールの水たまりを拭く。

あれ?俺がこぼしたんじゃねぇのになんで俺が拭いてんだ?

 

その手元に視線を感じる。目の前の男の視線だ。

なんか気になるか?と尋ねる前に声をかけられた。

 

「なんか珍しいところタコできてるなぁ、ニーサン。5本の指の股全部にタコができるやつなんて初めて会った」

 

「あ?あぁ、これね。絵付けするときに筆何本もにぎったままにするからヘンなところに筆ダコできてね。

あ、俺ぁ染物屋の絵師やっててさ。しかし…あんたも良く見てるなぁ…女に手にぎられてもあんまりいわれないんだけどね」

 

転がっていた箸を使って「こうやって握るんだ」ともっともらしく説明する。

もちろん嘘だ。いつの間にか染物屋の絵付け師の設定になっていた。

口から出まかせなら得意な方だ。

男ははふーんと興味あるんだかないんだか適当な返答をしていた。

期待してた返答と違うのだろうか。

 

手のタコには触れられたくない。話をそらす為に逆にからかってやったらどうだろう?

 

「手と言えばな、俺は手相が見れる。見てやりやしょうか?」

 

「手相?なんだそりゃぁ」

 

本当は手相なんて見れるわけもない。

だがちょっとこの図体のでかい男をからかってみたくなった。

 

 

目の前に左の手のひらを広げた。軽く掴むとだらりと重い。

もっともらしく真剣に見ているフリをする。 

 

うーん……んー」

「オイ、どうなんだ?」

「あんたあれだよ、上司に苦労するタイプ。上の災難ふりかかってくるタイプ」

 

 「いやいや、失礼、でもなんていうかこう、中間管理職には向いてるって

 「…当たって…る…」

 「へっ?」

 「ニーサンすげぇな、残念ながらあたってるよ。俺の上司はすっとこどっこいでさ」

そう言いながら自嘲気味にニヤリと笑った。 

(おぉ…適当なこと言ってみるもんだな)と内心ほくそ笑む。

 

 

「そうかい、じゃぁ副業で占いでもしてみるかな、とりあえず手始めにキャバクラのねぇさん達の口説き道具にでも…」

 

 

「おや!お二方、お話が合いましたかね?手なんか握っちゃって」

店のおやじが追加の生中を運んで来て笑いながらそう言った。

 

ぱっと手を離しお互いもぞもぞ手を戻す。

 

「冗談よせよ、おやじ、男に手ぇ握られる趣味なんてねぇよ」

運ばれて来たジョッキをすぐに飲み干す。

やはりでかい手だ。

(それはこっちのセリフだ)と思いつつ自分も瓶ビールを空にした。

 

 

 

 

気がついたら結構な時簡が過ぎていた。

 「あー…いい時間になったみてぇだ。俺はここいらで失礼するぜ、おやっさん、おあいそ!」

 

ガタガタと椅子を引きながら立ち上がり、袖をもぞもぞと探りながら財布を探る。

机に金を置いて、ではこれにてといいつつ両手を左右の袖につっこみ腕組みをしながらその場を立ち去った。

 

(宇宙から…ということは天人…?か?

 まぁ俺が調べてる件には関わりのない野郎だろう。

 しかしなんか疲れた。今日はブスッ娘倶楽部行かずにまっすぐ帰ろう。)

 

常夜の人通りの多い夜道をとぼとぼ歩く。

みなこれから夜の楽しみに向かってまっしぐら…といったところだ。

ゆく方向が同じでも逆流している気分。こういう気分はよくある。

 

そして

 

同じく己の逆流を追うような気配を背後から。

 

しばし歩いて袋小路に入り込む。

後を付けて来たその影も袋小路にさしかかったと思うころに

着流しの袖から薄めのクナイをそっと取り出し後方へ投げた。

 

刺そうと思って投げてはいない。軽く掠る程度、牽制になれば。

 

ゆっくり振り返ると…

 

つい先ほどまで同席していたあの図体のでかい男が、いた。

 

今投げたクナイを歯で挟んで受け止めて。

 

(本気で投げなかったにしてもコイツ、歯で止めやがったな)

 

銜えたクナイをゆっくり外す。

 

「俺はあごひげ生やしてる男は信用しないんでね」

「お互い様だろ。あんたのヒゲは無精髭だから一丁俺がきれいに剃ってやろうと思ったのさ。あ、俺は毎日整えてるよ。俺、綺麗好きだから」

「お前の手入れ方法なんて聞いてねぇよ…男ってぇのは少しワイルドなのがちょうどいいんだよ」

「へぇ、歯でクナイ止められるくらいにねぇ」

「ちょっと掠ったぜぇ、顎のとこな。さっきのお前の指のアレ、クナイタコだな。ここいらで一騒ぎ起こそうってのなら容赦しねぇぞ」

「わるかったよ、ほい、絆創膏。騒ぎなんて起こす気ねぇよ!じゃ、先急ぐんでな」

 

というと足下からすーっと闇に解けていく様に消えた。

その後にひらひらと絆創膏が一枚、降って来た。

 

 

(なんなんだ、あれは…侍…?ではないな…)

 

 

 

ーーーー

 

「阿伏斗!こんな時間までどこほっつき歩いてたんだ。団長から連絡きたらしいぜ!ってお前、顎どうした?変な絆創膏つけやがって」

「あぁ…云業か…ちょいと猫にひっかかれてな」

「猫?」

「あぁ。のら猫さ」

 

すっとこどっこいな上司に見つかる前に傷が治ることを心から祈る…まったく…

 
 
 
 
 
 
 
 
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はい、大ねつ造!阿伏兎と全蔵でした。おっさんアゴ髭コンビ。2010,9,7
 
 
 
 
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