Room2
商談室の前で待機.
先ほど入室した男は黒づくめでサングラスで
ヘッドフォンからはシャカシャカと漏れる音をまとっていた。
まったく最近の若いもんは…
不穏な雰囲気のまま坂本と共に商談室に入ったが
あの男こそサングラスを外したら殺しかねないというかそんな雰囲気だ。
だって室内でサングラスの人間に怪しくない奴なんていないって。
どっかのシンガーソングライターのようにグラサンのまま薄暗がりのバーに行って
ガラスに激突とかすれば面白いのにな、
などと余計なことを考える
しかし俺の前髪だって人のことを言えねぇな
最近はめっきり減ったけど変装仕事をするのに目を覚えられないための方法だ
仕方ない。すこし指でいじりながら前傾姿勢をやめ、
背もたれにどさっともたれた。
待機、という仕事は得てしてこういうくだらない考えがめぐりめぐる。
数分が経過した後。
ゴトッ
扉の向こうで物が落ちる鈍い音が聞こえた。
ちょっと、立ち上がり、身構える。
だが悲鳴や罵声が聞こえるというわけでもない。
大丈夫…か…
一応護衛の依頼を受けているのだが
なんだか不思議な商売をしている様子だが
仕事に関して問わない、首を突っ込まないということが鉄則であるし契約でもある。
ドア前まで行けば否が応でも中の会話は聞こえるだろう。
いや、一般的には聞こえないと思う。自分が地獄耳なのだ。そのように訓練されている。
聞かないようにするのも面倒くさいし、得た情報を契約外で漏らさなければいいだけのことだ。
が、実は最初から会話らしい会話は聞こえてこない。
部屋の中の空気が動いているような気配もないのだ。
ふーん…
また元の位置に戻ってゆっくり腰掛ける。
しばらくして ぎい と扉が開いて
あっははははははー
という笑い声と共に、例の能天気な経営者が頭を掻きながら出てきた。
「ちょっくら籠るぜよー」
と言ったまま
目の前の社長室に入って行った。
客と一緒には商談室から出てこなかった。
これは話がうまくまとまらなかったか?交渉のことはまったくわからん。
自分の腕一本で気楽に商売している自分には
でかくなりすぎたビジネスは複雑すぎてわからんね。
ほどなく先ほど入室した不穏な客が出てきた
…
うっすら汗をかいている…?ちょっと余裕のない空気…
だが口元にはうっすら笑みをうかべていた。
なんだこの兄ちゃん、読めねぇな
反則…と思いつつ独り言を装ってつぶやいた
「あぁ…部屋暑かったですかねぇ…」
不意に声を発した自分が盛大に睨まれた。
や、グラサンだけどこれはぜったい睨まれた感じ、わかるもん、俺。
そのまま正面に向き直った不穏な男はゆっくりこちらに足を進めた。
ポケットに手をつっこんだまま。これだから最近の若者は…
とまたぼんやりと思う。
と思ったが、首に赤と青が混じり合ったような、痣が…転々とできていた。
最初に入ってきた時は…なかったはず…
ついそこに目が奪われる。その目線の動きに気付いたのか、
さっと片手を首筋にあてた。
あ、やべ…迂闊だった。こいつ相当洞察力あるぞ
と思った瞬間腕をぐっと掴まれた。
「この痣のこと他言はせぬよう」
じりじりと迫ったサングラスの男は相変わらずうっすら笑み、
人差し指でシーっというジェスチャーをしやがった。
おそらく、首絞められたんだろう…誰に?
それは今、背後の部屋に籠ったあの男にだろう。
何か怒らせるような行動をとったのか、もしくは命を狙うようなことを?
しかし笑いながらでてきた。
それとも…この男に非がなかったとしたら…?
「ハッ、ずいぶんとまァいい趣味だな」
「詮索は不要でござる」
「若気の至りか…」
「…」
カマをかけて台詞を選び、投げつける
ちょっとしたからかいのつもりだった。
どーせ日雇いの護衛だ。雇い主のご機嫌なんぞ端っからとるつもりもない。
が、次に発せられた言葉と行動を一気に理解するには難しすぎた
「お主で口直しさせてもらうでござる」
という言葉のあとぐっと襟首を掴まれ、
サングラスをかけたまま顔が近づいてくる。目は見えない。
そのまま口づけをされた。
「!?」
一瞬で事を理解できなかったくせに
(あ、グラサンかけたままでもキスできるんだ)
とか妙な感想が頭をよぎる。
いやいやいやいや!ちょ、ちょっとまてぇぇぇ!
軽く済むかとおもいきや、
ゆっくり舌で唇をノックされ息苦しくなったのもありうっすら開いてしまった。
侵入した舌は動きこそゆるいが確実に、自分の咥内を侵し始めた。
「っぅう…」
長い…まずいこのタイミングで背後から坂本が出てきたら…
俺よりもまずこの男が消されるのではないか…?
首は…先ほどの痣だけではすまねぇだろ…
最後に力を込めた後すうっと唇が離れていった。
つぅーっと唾液の線がつながり思わず口を拭う。
「おい、何のマネだ。おじさんからかうのもほどほどにしとけよ」
相変わらず飄々とした表情のままだがにやりと口の端が上がった。
その表情に背筋がぞっとする。
「口直しには十分でござった。礼を言う」
と残し、部屋を去っていった。
あー…この仕事早いとこ降ろさせてもらう、
面倒事はごめんだ。
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