先輩の後ろ姿を見ていた。いつもそうして。
活動してるんだかしていないんだかの軽音部の部室で、河上がギターを弾くのを聴きながら。
何だっけこのイントロ。
放課後の教室に合うような。
Say it Ain't soだ。
一オクターブ上のパートをよく一緒に歌わせてもらった。
先輩が2年の時は活動も精力的にしていたが3年になり引退後新しいメンバーも入れずだらだらとしていた。
河上は河上で他校のメンバーのサポートをしたり活動の場を移していた。
ヒマっすね…
私は16の、河上は17の夏、一番活動したい時期にやる気がとんと、失せてしまった。
どれだけ高杉先輩の威力が自分にとって強かったか思い知る。
そして、河上に眺めると相変わらずな態度にイラっとし、椅子の足を蹴った。
自分が蹴ってもびくともしない。
線が細いのに骨がしっかりしていそうで、その質量と重さを実感し、
ああ、男なんだな、と当たり前のことを思う。
ギターのバントと制服のシャツの境目にうっすら汗をかき肌に張り付いてる。
そういう部分にも目を奪われつつ。汗かくんだなこいつも。
なんていうか、こう表情のよめない人間は体温も気温も感じないのではないか
と思うようなところがある。
椅子ぎっこんばったんとか始めないかな。
そしたら今度こそ思い切り蹴飛ばしてひっくり返してやるのに。後頭部でもぶつければいい。
遠くで打球の飛ぶ音が聞こえる。
はぁ…
小さく深呼吸をして尋ねる。
「ねえ、どんな感触だったんスか?」
ピクッと手が止まる。
ゆっくり視線を上げた。
「何のことだ。」
「とぼけなくていいっス。別に引いたりしないスから。大丈夫っすよ」
「……」
「見たっス。あんたが高杉先輩とキスしてたとこ」
見たくてみた訳ではない。
偶然見てしまったのだ。
午後、次の時間の教科書が無いのに気づいた。
誰かしらが部室におきっぱにしているのを拝借しようと中庭をつっきた。
部室の前まで来た時に気配がしたのだ。
あ、誰かさぼってら。
「おめぇは心底おもしれぇ奴だよ」
先輩⁈
久々に会うのが嬉しくて、勢いよくとびらを開けようとしたのだが、
部屋から聞こえた声色に勘が働いた。細く空いた隙間から中の様子を見た。
狭い部室にデカデカと置かれた長椅子に先輩が腰掛けている。
長椅子の背もたれにだらりと両手を広げて寄りかかっている。
そのとなり、先輩の伸ばした腕の範囲内に腰掛けているのは…河上だ。
高杉先輩とは逆に前傾姿勢で両膝に肘をついてその先の手の平を、口の前で組んでいた、
高杉先輩は後方から河上の肩を掴むとその勢いのまま、振り返らせ
口づけを した。
軽い行為ではなく、
抵抗しない河上の顎が最中に何度か動いた。
あ、舌、入れてる。
先輩の合わせた唇の端は微かにあがってる。細く節のある指がシャツにシワを作った。
数十秒の間の沈黙後、
河上が、んッといって離れた。
河上の呼吸、あがってる。
そこからもう記憶が曖昧だ。
脱兎の如く教室に戻ってきて、
間違えて隣の席の奴のペットボトルを一気飲みし、えらい怒られたことは覚えてる。
河上は心底なんでもない顔して教室に戻ってきて午後の授業に出ていた。
なのに自分は先程の一場面が頭から離れない。
悔しいけど、二人の様子を見た時に
あぁ、なんか絵になるな、と思ってしまったのだ。
なんだろうか、この気分、悲しいような、でもなんか得をしたような。
自分にとっては失恋になるのだろうが、決定打と言えない、言いたくないこの感じ。
河上は相変わらず何も答えない。苛立ちにまかせて声を発した。
「言葉で説明できないなら私で再現してよ。あんたとキスしたら高杉先輩と間接キスしたことになる」
自分でもバカな事を言ったなとは思う。本末転倒だ。
でも少しぐらい困らせてやりたかった。
あの事実を他言する気もさらさらおきない自分の、河上に対するささやかな意地悪だ。
「…かまわないが…来島はそれで良いのか」
「別に平気ッス。そんなことぐらい」
ガタッ
腕を捕まれ引き寄せられた。
フッと顔が近づく。
あ、
と思った時に顔は自分の顔の横を通り越し、あごが肩に乗せられた。
そのまま、でかい体を持て余すかのように軽く抱きすくめられた。
なんか、痛い。間にギターがあるからだ…。でも体が必要以上に密着しなくて丁度よい。
すまん。
耳元で声がした。
その後ゆっくり離れた。
どういう顔をしていいかわからない。
河上は担いだギターを外し、そのまま、ケースに入れて身じたくをすませ、部室から立ち去った。
ひっぱたけばよかった。
その行為に対してでなく、
すまん、
という一言に。
ぐちゃぐちゃしてわからなくなった感情に、その座っていた椅子を蹴飛ばして、
自分も部室から去った。動悸が収まらない。
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高万また です ね 先週のwjの乙女っぷりを見て。視点はまた子。「Say It Ain't So」はwee/zerより。
飛行中に書いてたのですが、帰って来て今週の読んでひるみましたが、まぁこんなのもアリでしょうか。
恥ずかしいぐらい青臭い それが 青春
また子は先輩呼びというのが公式になりましたが名字呼びが妙にブームでしたこの時。(2010,6,10)
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