血を吸って重くなった隊服の上着から袖を抜く。
脱いだところで片手に持たなくてはいけないことには変わりなく、
苛ついて チっと舌打ちをした。
風もだいぶ暖かい五月の夜。
本来だったら沈丁花、クチナシ、と夜風にまざり流れてくる季節、
それがすぎると栗の花の匂いだ。
…
そんな風流さなど微塵も似合わないのはわかっている。
が、この血なまぐささが隠れるならそれも悪くない。
意識して深く呼吸をしてみるが鼻孔をくすぐるのは血液の匂いだ。
軽いめまいがする。
あータバコ吸いてぇ
とても簡単な欲求だ。
別に道具は揃っているのだから赴くままに行動すれば良い。
しかしそれよりも先に吸いたいという欲求が先に言葉にでる。
そういう時は大概欲求が思い通りにならない時の予兆。
口にしてしまった後、再び舌打ちをして
脱いだ上着からタバコを探す。タバコはあった、正確に言うと無事だった。
白地の箱がうっすらピンク色になっていた。
女物のタバコの箱みてえだな、と思った。
湿気ってもいなそうだし。とりあえず銜える。
次はライターだ。
ない。
ほらやっぱり、思い通りにならないことばかりだ。
甘味屋の軒先に仕舞い忘れられたベンチに腰をかける。
タバコをくわえたままぼーっとする。
去年の今日は何をしていたか。そんなことをまったく記憶に残っていないが
自分にとっては誕生月は鬼門だ。年をとるのに一山超える感覚、
体調を崩したり災いが起きたり。
まぁ例にももれず今年もこんな道ばたで、血まみれで、さらに欲求が達成できないまま
その日付をまたごうとしてるのだ。
あーーーー
というため息に、近づいてくる気配に気がつかなかった。
闇夜にぼうぅと白く浮かびあがる人影。ちょっと背筋がぞわりとする。
近寄ってくる白影にめをこらせば何のことはない、いつもの見慣れた
死んだ魚の目をした男がゆらりゆらりと歩いてくる。
その手に小さな行灯を持って。
「なーんか黒い野良犬がいると思ったら、おやまぁ大串君たぁ驚いた」
酔っぱらっているような軽い口調。足取りはしっかりしていたので泥酔まではいかない。
ちょっと一杯、のいい具合なんだろう。ッチ羨ましいぜ。
「こっちは一仕事終えて隊から離脱したところだ。お前と違っておつとめだぜ、ったく」
「ヒヒ、珍しく大分お疲れなようで、肩でも叩きやしょうか」
「お前に肩たたきなんてされたら地面までめりこみそうだな」
「へへ、違いねぇ。おもいっきりやるぜ、俺ぁは」
こちらの疲れを察してか、上機嫌なせいか、今日は嫌な突っかかり方をしない。
自分にとってもせめてもの救いだ。
あ、そうだ!
いつのまにか隣に腰掛けた万事屋にだめもとで聞いてみる。
「なぁ万事屋、ライター持ってねぇか?」
こいつはタバコを吸わない。持っている確率は無いに等しいだろう。
でもなぜかこういう日だから、と自分に甘い期待を他人にしてしまうものだ。
「ないね」
きっぱり。
そう…だよな、お前に期待した俺が悪かった。
いいかげん銜えたタバコを口から外そうとしたときに
「あ」
と言って差し出された行灯。中にはゆるゆると火が灯っている。
蛇腹を畳みながら中のロウソクだけ器用に取り出し、口元のタバコへ火を点してくれた。
深く、煙を吸い込むと 染み渡る そんな感覚。
素直に欲求をかなえてくれた相手に対し自然と湧いてくる感謝の念。
ちょっと気がゆるみ目を細めて行灯を持つ手を見つめた。
相手はじっと口元のタバコを見つめている。
そしてゆらりと動きだし、腕が首の後ろに回る。いわゆる肩を組んだ状態。
やがて耳に口元が近づき ボソボソと呟かれた。
「血の匂いがする。俺はな、血の匂いとタバコの煙が混ざると…な…」
すっと片手でタバコを奪われ、かわりにやわらかいもので口を塞がれる。
ほんの数秒 しかし たしかな感触
離れる時、唇をぺろりと舌で嘗められる
「発情しちまうみてぇだわ」
半目でにやりと笑われ、鼻歌を歌いながらその男は立ち去った。
一瞬のできごとに情けなく、うっと言うだけでなす術もなく
…
やっぱり簡単に年はとれねぇのかな。
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土方誕生日オメデトウ!ですが受難?にしてゴメンナサイ。
銀ちゃんのキスがプレゼントです。珍しく王道。
2010,5,5
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